著者がこの研究を始めた当初は、気管支動脈が今日ほど臨床的に重要な役割を有することは予測できなかった。さきに解剖学実習遺体の約100体について気管支動脈を肉眼的に剖出し、これに基いて、この動脈の肝外走行に関して、すべての人に共通な基本的パタ-ンを図示することができた。従来までその数は、右1本、左2本と記載されていたが、このたびの調査によって右2本、左2本と訂正を要することが判明し、またその起始については5つの部位を区別することができた。他方、肺門付近における気管支動脈の走行は、右上枝、右下枝、左上枝、左下枝に区分されるが、これら4枝と上述した気管支動脈の起始との間には一定の関係があることを明らかにした。このあとの問題点は、肺門におけるこれら4枝と肺内分布、ことに肺葉に対する関係である。動脈内に色素のよく注入された肺について気管支動脈の肺内分布を実体鏡下に追及すると、例えば右上枝が必ずしも右上葉のみでなく、中葉や下葉にも分布することが判明した。しかし当然のこととして右上枝は上葉に分布するこが多い。右上枝は大動脈性の右肋間動脈より出ることが85%の高率でみられるから、右上葉の肺がんの場合には上述の肋間動脈に制がん剤などを注入することが最も効果的であろう。しかし右下枝の場合、その起始は最も変異が多く、したがって右下葉の病変に対してはどの部位に起始する気管支動脈を治療の対象とするか、難しい問題を含んでいる。気管支動脈の肺内分布を調べると、気管支壁より出た静脈が付近の肺静脈に注ぐのが観察される。これを肺内気管支静脈という。実体鏡下に観察すると、この静脈は径0.5mm以下で、区域気管支より未梢に認められた。この静脈が肺静脈に注ぐ地点で、動静脈が混ずることになる。調査した1体では、肺門付近で肺静脈より分岐した枝が上大静脈に注ぐ所見が得られた。肺静脈が体静脈に注ぎ、肺内気管支静脈が肺静脈に注ぐことは、肺循環と体循環が従来考えられていたほど厳密に区別できないことを意味している。他の例では、(肺外)気管支静脈が左心房に注ぐ所見が得られた。これらの所見をもとにして、肺の循環動態を再検討した。
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