我々は、脊椎動物の中枢神経系に見られる層構造の形成が、どのような分子メカニズムによって制御されているか調べるために、特に網膜に注目して研究を行っている。未分化な網膜の細胞を単一細胞に乖離してから培養条件下で再集合させると、それらは組織塊を形成し、網膜に見られるすべての種類の神経細胞およびグリア細胞を作り出すことができる。しかしながらそのような組織には正常網膜に見られるような層構造は見られず、ロゼットと呼ばれる異常な構造体が形成される。我々は、この異常なロゼット形成を阻害するような領域が発生期の眼胞組織に存在するかどうかを調べるために、網膜の様々な領域から組織片を作製し、乖離した網膜前駆細胞と共培養を行った。その結果、レンズに隣接する網膜のもっともマージン側の領域にロゼット形成を阻害する活性があることが分かった。さらに、この領域で発現しているシグナル分子Wnt2bにも同様のロゼット形成阻害活性があることを見い出し、このタンパク質の存在下では単一細胞に乖離した網膜前駆細胞からも正しい層構造を持った網膜が再生することが分かった。次に、実際に発生過程におけるWnt2bの役割を調べるために、網膜全体でこの分子を発現させたところ、神経細胞への分化が抑制されることが分かった。また、ドミナントネガティブ分子を発現することによってWntの下流のシグナルを阻害すると、網膜のマージン側の領域で意志ょ滴名神経細胞への分化が起きた。また、クローナル培養法を用いてWnt2bが細胞の増殖に対して及ぼす影響を調べたところ、多分化能を持つ網膜前駆細胞の増殖を長期間にわたって保持することが分かった。これらの観察結果から、網膜のマージン側で発現しているWnt2bによって、この領域に存在することが知られている網膜の幹細胞が維持されていることが予想された。
|