本年度は個人遺伝情報を電子化された医療情報として位置づけた上で、個人遺伝情報のプライバシー保護に関する情報倫理学的分析を試みた。まず遺伝子解析研究の進展と、それに伴う遺伝子診断技術の医療・産業方面への普及と診断情報の電子化という現状を踏まえて、個人医療情報に関するプライバシー保護のためにはどのような事態を回避しなければならないのかを明らかにした。また地域医療の電子ネットワーク化を視野に入れて、個人医療情報の法的・制度的保護(具体的にはその漏泄及び売買の防止)のための倫理学的根拠を示すことを試みた。特に電子化された医療情報の一次的使用には患者の暗黙の同意があると考えられるが、二次的使用についてはそれがないと考えられることから、その二次的使用に関しては事前の同意と匿名化の作業が必要であることを明らかにした。また遺伝子診断の普及と検査情報の電子化に関して、特に臨床検査におけるプライバシー保護という観点から議論を整理した。 さらに人工生殖技術に関する倫理的議論における「尊厳」という原理の有効性について、胚及び胎児の道徳的価値の根拠という観点から明らかにした。また先端医療に関する諸議論においては、たとえ倫理的根拠が明確ではなくとも、規制のためには「安全性」という基準だけで十分であることを、クローン技術を例にとって明らかにした。また理性的原理の排除は道徳性の十分条件とはならないことを、「道徳的葛藤」において決定された行為の道徳的評価という観点から明らかにした。他に科学技術が社会に与える影響について、科学者の「アカウンタビリティ」という観点から考察を試みた。
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