多細胞生物が切断などにより失われた部位を再生する際、どのように撹乱された位置情報が再構成され、どのように細胞が応答するのかについては未だ不明な点も多い。本研究では細胞性粘菌の多細胞体を用いて、再生時にどの様に位置情報を再構築できるのか、生体小分子動態のイメージング解析を中心にそのメカニズムを明らかにすることを目的にしている。本年度は再生に伴う細胞移動や分化転換に働く小分子を介したシグナル伝達の分子機構に焦点を絞り以下の結果を得た。 ①再生時に機能することが予想される小分子の合成やシグナル伝達下流遺伝子の変異体細胞を正常細胞と混ぜ合わせて多細胞体を形成し、再生時にラベルした細胞の挙動を追跡することによってその小分子を介した分子機構が再生時にどの様な機能を持つか解析を試みた。しかし、これまでに再現性を得られる実験系を確立することができず、現在のところ結論は得られていない。 ②移動体再生過程に働くことが予想されている主要な細胞内シグナル伝達因子ERKのリン酸化および機械刺激に伴い核以降する転写因子STATについて、再生時における両者の動態を可視化することを試みた。前者については抗リン酸化ERKを認識する抗体を用いた蛍光抗体法を行い、再生初期の切断面付近でのERKのリン酸化の亢進を確認した。一方で、STAT-GFPを発現する細胞の観察により、多細胞体の切断に伴いこのタンパク質が核移行することが確認された。これらのシグナル伝達の下流でどのような分子機構が働き再生へと繋がるのかが今後の課題である。 本研究の結果、当初予想していたcAMPなどの小分子の濃度勾配や一過的な濃度変化などの特徴的な動態が再生時には観察されなかった。よって、これら分子の濃度そのものが濃度勾配などによる位置情報を構成するものでなく、接触追従や自己組織化を含めた別の機構によるものであることが示唆された。
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