研究概要 |
制度変化に関わるアイディアの政治の役割としては、アクターの利益・選好の形成という局面(政策の目標設定局面)での役割(「アイディアの構成的役割」)とアクターがそれを利用して支持調達を図る局面での役割(「アイディアの因果的役割」)の二つがあるとされる(加藤雅俊(2012),『福祉国家再編の政治学的分析―オーストラリアを事例として―』,お茶の水書房)。こうしたアイディアの政治が各国において年金制度の改革プロセスにおいて大きな役割を果たしている(スウェーデンの1999年改革における概念上の確定拠出年金など)。 日本では、2004年に大きな年金改革が行われたが、その際に新たなアイディアとして打ち出されたのが「保険料固定方式」とそれを実現するための「マクロ経済スライド」であった。それは、社会保障審議会年金部会において、官僚によってアジェンダとして出されて、それが同部会で賛同者を得て固められ、坂口試案や年金改正案に盛り込まれた。そのアイディアは保険料の軽減による世代間の公平や企業の競争力という視座からポジティブフレームで評価されて打ち出された(「アィディアの構成的役割」)。こうした積極的な評価は、右派政権であっても、改革の性質を「欠陥を徳へ変える」ものと認知させ、改革において支持調達を図る局面で有用であったと考えられる(「アイディアの因果的役割」)。さらに、マクロ経済スライドという複雑な仕組みは情報の非対称性を生み、給付削減に関して避難回避を可能にしたのではないかと考えられる。 こうした旧来の新制度論による非難回避とアイディアの政治とを統合したアプローチによって、年金改革のダイナミズムが明らかとなったといえる。
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