最新の聴覚モデルでは、聴覚は到来した音響信号を、蝸牛基底膜のフィルタバンクによる周波数分析の結果であるトノトピック情報と、聴神経の位相固定による音響波形の周期の表現である時間間隔情報に符号化するとされている。トノトピック情報は、音源の共鳴体の形状やサイズの知覚に対応し、時間間隔情報は音源のピッチ知覚に対応する。 理論的に独立とされる両情報ではあるが、音源の共鳴体のサイズと音源のピッチの知覚判断を調査した先行研究では、(1) トノトピック情報と時間感覚情報が独立していることを示す結果と、(2) 両情報間にトレードオフの関係があることを示唆する結果が得られていた。トレードオフの関係は、両情報が聴覚処理のいずれかの段階で統合されていることを示す。複数の信号の統合には、加重平均や多次元マッピングなどの方法が考えられる。 本研究では、Pattersonらが提唱する聴覚初期過程の計算モデルである"聴覚イメージモデル"でも間接的に仮定されている、トノトピック情報と時間間隔情報による2次元空間表象での統合を仮定し、この表象にアクセスできるかどうかを確認する実験を行った。実験では、この空間における遷移パタンの同定課題を実施した。結果、トノトピック情報と時間間隔情報の2次元空間表象への統合を示唆する結果は得られなかった。ただし、両情報上の閾値に合わせた刺激を用いなかったことが実験結果の精度を下げた可能性と、2次元表象空間が今回仮定した直交基底ではない可能性が残る。現時点でトノトピック情報と時間間隔情報の交互作用がないと断定することはできない。 一方、実験刺激の"聴覚イメージモデル"からの出力では、波形の周期を表現する安定化聴覚イメージ上に、トノトピック手がかりのパタンが現れた。時間間隔情報上でトノトピック手がかりと時間間隔手がかりが干渉する可能性が示唆された。
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