本研究は、化学分析を通して、日本列島の遺跡から出土する「西のガラス」の生産地を推定し、ユーラシア大陸の東西を結ぶ交易ルートの解明と、その時期変遷を明らかにすることを目的とする。本年度は、西アジア周辺で生産されたと考えられている植物灰ガラスについて集中的に調査した。その結果、日本列島でもっとも出土量の多いGroup SⅢBの植物灰ガラス小玉には、地中海世界に特有のナトロンガラス(Group SI)が混合されている可能性が高いことが明らかとなった。そして、これらGroup SⅢBのほとんどを占めるコバルト着色のガラス小玉の鉛同位体比は、同じコバルト着色のナトロンガラス(Group SI)と類似の値を示すことが分かった。さらに、公表された鉱石データと比較検討した結果、イラン、パキスタン、オマーン等に類似の値を示すものが存在することも明らかとなった。 日本列島で出土する植物灰ガラスには、重層ガラス玉や多面体玉のような特殊な玉類も存在し、かつ、種類ごとに化学組成の特徴が異なることが確認された。すなわち、植物灰ガラスは多様なガラス製品の素材として利用されており、化学組成による分類を細分化する必要があることが判明した。ただし、安定的な分類単位を構成するだけの資料数が得られなかった種類も含まれるため、新たな分類単位の設定については今後の課題として残された。 一方、化学組成と製品の種類や適用される着色技法の選択、もしくは日本列島への流入時期には明確な相関関係が認められた。このことは植物灰ガラスの生産地を具体的に特定する上で、重要な手掛かりになると考えている。鉛同位体比の分析結果を併せても、現状では、西アジア周辺という通説的な理解を超えることはできなかった。新たな分析手法によるアプローチが求められる。
|