申請者らはヒト血小板において、イノシトールリン脂質代謝回転が、アラキドン酸遊離反応とクロストークし、密接に関わりあっていることを示唆してきた。本研究では、そのクロストークの分子機構の解明、およびその中心となる酵素反応系の性格づけと酵素分子の単離精製を試みることを目的とした。ヒト血小板をコラーゲンで刺激したとき、刺激初期の低Ca^<2+>条件下ではイノシトールリン脂質のみが分解され、アラキドン酸が遊離することを明らかにしている。この遊離経路を同定するために^<32>Pでラベルした血小板のリン脂質代謝を解析した。その結果、この条件下では、イノシトールリン脂質からホスホリパーゼC、ジアシルグリセロール(DG)リパーゼ、モノアシルグリセロール(MG)リパーゼによってアラキドン酸が遊離されることが明らかになった。さらに、膜画分からDGリパーゼおよびMGリパーゼを可溶化することに成功し、これらの酵素活性のCa^<2+>依存性について検討したところ、共に細胞内基底Ca^<2+>濃度条件下でほぼ最大活性が得られることが判明し、この酵素系が刺激初期の低Ca^<2+>濃度条件下で作動しうることを確認した。つぎに、刺激後期の細胞内Ca^<2+>濃度が上昇した条件下でのアラキドン酸遊離機構について検討した。その結果、刺激後期には、コラーゲンレセプターからの情報と細胞内Ca^<2+>濃度の上昇という2つのシグナルによって協調的に活性化されるホスホリパーゼA_2によって大量のアラキドン酸が遊離されることが明らかとなった。また、コラーゲン刺激の終期には、アラキドン酸代謝物であるトロンボキサンA_2が静止血小板へと働きかけるが、その場合はイノシトールリン脂質代謝回転は引き起こすが、アラキドン酸遊離反応は引き起こさないことを明らかにした。このようにして、イノシトールリン脂質代謝回転とアラキドン酸遊離反応のクロストークの経路、機構およびその多様性を明らかにすることができた。
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