研究概要 |
1.はじめに ムコ多糖は,ヘキソサミンを構成単位とする陰イオン性多糖類の一種で,生体内で様々な機能を担っている。例えば,ヘパリンは各種細胞中とくに肝臓に多く含まれ血液の凝固を防止する機能があるため,手術中に使用され薬剤などに含まれている。また,コンドロイチン硫酸は,軟骨,角膜,血管壁などに含まれ,弾性やイオンの透過に関与しているとされている。このような状況から,イオン性多糖類をイオンクロマトグラフィーの固定相として利用することによって新しい分離選択性が得られることが期待される。本研究は,ムコ多糖をはじめとするイオン性多糖類が発現する分離選択性について研究を行い,新規なるイオンの分離特性と光学異性体認識能の発現を目的とした。 2.実験 市販の陰イオン交換体を,内径0.32mm,長さ10cmの溶融シリカキャピラリーに充てんし,各種溶媒で洗浄後,1%の修飾剤を含む水溶液を約0.5mL通液することによって修飾固定相を調製した。本研究では,ヘパリン,コンドロイチン硫酸ナトリウムなどのムコ多糖及びデキストラン硫酸を修飾剤として用いた。修飾剤は,陰イオン交換体に静電的に導入した。 3.結果と考察 孔径の異なるシリカベースの強塩基性陰イオン交換体について,平均分子量2.2x10^4(PEO換算)のヘパリンを修飾し,修飾の前後でイオン交換特性がどのように変化するかを検討した結果,ヘパリンを修飾することによって陰イオン交換容量が減少し,陽イオン交換性が発現することがわかった。また,孔径が大きいほどヘパリンがより多く導入され,陰イオン交換性が弱くなることが判明した。これは,導入された修飾剤が基質の陰イオン交換基に結合していないフリーの陰イオン性の基を有するために陽イオン交換性を発現するからである。同じ基質を,分子量分布の異なるデキストラン硫酸で修飾し,その修飾効果を検討したところ,平均分子量の小さいデキストラン硫酸で修飾した方が陽イオン交換性が強くなることがわかった。デキストラン硫酸で修飾した陰イオン交換体によってアルカリ金属及びアルカリ土類金属イオンの分離が達成できた。以上の結果より,ムコ多糖やデキストラン硫酸などの陰イオン性多糖類を修飾した陰イオン交換体が,陰陽両イオン交換基が共存する結果,無機イオンに対して従来にはない分離選択性を発現することがわかった。また,陰陽両イオンを同時に分離することができた。 シリカ系陰イオン交換体を同様に修飾し,光学異性体の分離を検討した。移動相中の組成を種々検討した結果,有機溶媒としてアセトニトリルを含むpH5.5付近の酢酸またはリン酸緩衝溶液を用いることによって,クロロキンやトリプトファンエチルエステルなどの芳香族アミン化合物の対掌体の分離ができることがわかった。一方,固定相にアキラルなODSを用い,ヘパリンを含む移動相を用いることによってもクロロキン対掌体の分離を達成することができた。この場合,移動相中にオクタンスルホン酸ナトリウムなどのようなイオン対試薬を加えることが重要であり,有機溶媒の濃度によって保持が非常に敏感に変動することがわかった。 さらに,溶離液の種類および濃度ならびにpHを種々検討した結果,硫酸銅水溶液を溶離液として用いることによって,アルカリ金属およびアルカリ土類金属イオンの同時定量を可能とする条件を確立し,血清中の無機陽イオンの分離定量に成功した。分離カラムの前に1cm程度の保護カラムを取り付けることによって分離カラムの寿命を伸ばすことができた。
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