研究概要 |
京都大学霊長類研究所は, 創設以来, 国内における霊長類の研究にかぎらず, 広く国外へも調査隊を派遣し, 多大な成果をあげてきた. アジアおよびアフリカの研究には多少のおくれをとったものの, 1976年以降, 文部省科学研究費補助金をえて, 南アメリカにおいても継続的な調査をおこなうにいたった. 現生の霊長類を対象とする比較形態学・遺伝学・寄生虫学などの手法に, 化石を対象とする地質学・古生物学の手法を併用する, 他に例をみない調査隊・研究班の構成を特徴としている. 1986年の現地調査では, コロンビア国ウィラ県のラ・ベンター地区において, 新生代中新世中期(約1200〜1500万年前)の地層から, ヨザルの祖先とみなされる化石が発見された. これまでの遊離した歯とはことなり, 不完全ながら歯列をそなえた下顎骨の化石である. イリノイ大学人類学教室に所属するローゼンバーガー博士と共同で, この化石を検討した分担者・瀬戸口烈司は, 自然科学の分野でもっとも権威のたかい, 長い伝統をもつ雑誌Natureに, 「コロビア産のヨザルの化石」として発表した. この化石は, 新種とされたが, 現生種のヨザルときわめて類似した形質をそなえ, ヨザルと同一の属Aotusとみなされた. 南アメリカの霊長類は, 形態・社会・生態など多様に分化しているが, 約1500万年もの長期間にわたってほとんど形質の変化を示さない事実が, 生物学・古生物学の専門家に大きな反響をよぶにいたった. 瀬戸口はまた, この化石にもとづいて, 霊長類の社会組織の進化論について, 若干の疑問を提起する論文を季刊人類学に投稿した. 同じ地区の同時代の地層から発見された霊長類, 翼手類, 有袋類, げつ歯類などの化石は, 上記二研究者をはじめ, 本研究費によって招へいされた現地担当者ビジャロエル教授, その他の分担者もくわわり, 詳細な検討がなされている. その成果の多くは, 次年度に共同と単独で, 国際的な専門誌に投稿される予定である. 南アメリカに生息する現生霊長類の研究は, 比較形態学, 遺伝学, 寄生虫学, 生化学などの手法によって進展されてきた. なかでも, 分担者・名取真人とその共同研究者によるマーモセット科のCalithrix属, Saquinus属などの歯の形質の検討と系統的な解析は, 特記に値する. その成果は, 霊長類の専門誌Primatesおよび霊長類研究に, 継続的に公表されている. 名取は, 上記の研究成果を京都大学理学研究科に提出し, 学位を取得した. 同様の基礎的な研究は, 分担者・毛利俊雄を中心として, アジアおよびアフリカの霊長類との比較で進められている. また, 分担者・峰沢満は, 霊長類の地理的分化と系統的分化についての遺伝学的な特殊性の解析を, 分担者・八木欣平は, 霊長類の寄生虫と宿主の特有の関係についての解析をこころみ, それぞれ学位論文としてまとめている. 以上の研究は, 次年度においても継続される. さらに, 新しい分担者・高井正成と小林秀司をくわえ, コロンビア, ボリビア, ブラジル国などにおいて学術調査をすすめ, 霊長類の種分化の機構を把握し, 進化の理論構築に寄与することを切望している. 新分担者の両名は, それぞれの研究を推進し, 学位取得をめざしている.
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