Research Abstract |
今年度は,南西諸島中文化圏のトカラ列島と,奄美大島の縄文晩期併行期の土器編年をまずおこない,その他の南西諸島との比較をおこなった.中部地域の縄文晩期併行期をI期からIII期に編年した.さらにI・II期を前半と後半に分け,I期前半を手広遺跡第13層土器群に,I期後半をサモト遺跡III層遺構土器群に,II期前半をハンタ遺跡・タチバナ遺跡出土の土器群に,II期後半を手広遺跡第11層・サモト遺跡II層遺構土器群に,そしてIII期を手広遺跡第9層土器群に比定した. 各時期の土器群を比較すると,I期からII期,そしてII期からIII期に,器種構成が大きく変化したことが指摘できる.II期に,小型丸底壺形土器主体の器種構成が出現する背景には,遺跡立地の変化・定住化・食物加工用石器の増加が認められ,おそらくこの時期に生産基盤の上で前代と異なる大きな画期があり、それが土器文化に反映したと考えられる.このような土器群の変化は,八重山諸島を除く,沖縄本島から沖永部・徳之島の各島で同様の変化が見られ,遺跡の立地や,石器組成も類似した変遷をたどることが確認できた. 今後の研究として,南西諸島の縄文晩期に,本土では見られない壺形土器主体の器種組成を背景とする生活様式がなぜ突然出現するのか,またなぜ短期間に再び深鉢主体の器種構成に変容するかという問題を解決することが、背景に存在するであろうこの時期の社会変動の要因を説明することにつながると考える.
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