Research Abstract |
大規模工房がもつ構造の多面性(polivarenza)は,礼拝堂全体の装飾など大規模な注文に応えるために必然的に与えられた性格でもあり,工房が子弟の養育と芸術家相互の技術や情報交換の場としての機能を果たしてたことを考えると,その中心的役割を担っていた多角的工房の組織形態を明らかにすることが,現存する作品とその制作に関する記録の量的・質的両面からいっても,ルネサンス期の工房制作システムを解明するためには重要かつ効果的である.フィレンテェと周辺都市で幅広く活躍したネ-リ・ディ・ビッチ工房は,現在でこそ二流の画家としての評価が定着しているが,彼の残した工房日誌『備忘録』Ricordanzeから得られる数多くの貴重な記録は当時の制作情況を具体的に示す代表的な史料であり,数十年に渡るジュリア-ノ・ダ・マイア-ノ工房との共同制作を浮彫りにする.今年度の主たる研究の実績は,この2工房に関する文献資料の収集・読解・情報整理に要約され,各工房作業場の数,位置,作業場や居住空間として機能していた工房施設の構造,教育機関・技術や意見交換の場としての機能,教育方法,見習い修行期間の具体的活動,工房での制作におけるdisegnoの役割等が明らかにされた.幸い1990年6月にフィエ-ゾレで開催された国際学会「ジュリア-ノとダ・マイア-ノ工房」の総合的な論文集(Giuliano e la bottega dei da Maiano,La bottega di Giuliano e Benedetto da Maiano nel Rinascimento fiorentino)が相次いで1994年に出版され非常に重要な資料を提供してくれたが(関連論文の訳出終了),私自身がここ数年着目している額縁制作など木製品(額縁や寄木細工のスパリエ-ラ,大扉や天井等)の製作者legnaiuoloの活動解明という,工房研究において今後私が進むべき方向を示すことにもなった.当初の計画ではヴェロッキオ,ギルランダイオ,コジモ・ロッセッリ工房も研究対象として挙げていたが,それらについては関連資料の収集と読解作業・情報整理を現在も続行中である.
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