Research Abstract |
報告者らは,昨年度までの研究(93-94年度科研費一般研究(B):課題番号05453196)において,きわめて特異的な構造を持つ脂質化合物群(anteiso炭化水素,脂肪酸,アルコール)が,わか国の代表的な無機酸性湖堆積物に普遍的に存在することを明らかにした。特に,屈斜路湖・猪苗代湖では,堆積物の柱状試料中でそれらの量が著しく変動し,このことは,過去の湖水のpH変動を示すのではないかと想定された。この仮説に基づき,本研究では,屈斜路湖において更に長い堆積物柱状試料(31cm)を新たに採取し,anteiso化合物の存在量と,pHの生物指標として確立されているケイ藻の種組成との関係を,本年度購入した生物顕微鏡を使用して,より詳細に観察した。この結果,同湖水が過去200年ほどの間に大きくは2回,数十〜百年の周期をもって中性・弱酸性の間で変動してきたことが明らかとなった。同様の手法で,猪苗代湖においては,時間スケールは不明であるが,過去から徐々にpHが低下して現在(pH=5)に至っていることが示唆された。また,anteiso化合物の起源生物は,未だ同定するに至っていない。そこでそれらの化合物郡の検出が,専ら酸性温泉水の流入によって酸性状態を呈している湖堆積物および沈降粒子に限定されているという事実から,酸性流入河川の懸濁物,また蓼科温泉において酸性河川水中に生息する植物・菌類を採取し,分析を開始した。この調査の狙いは,ひとつはanteiso化合物の起源生物を探ることであるが,もうひとつの目的は,酸性熱水系という特別な環境の下に形成された生物系が持つ化合物の特徴を見出し,酸性熱水系固有の“化学化石"を見出すことである。採取した微生物種の厳密な同定・脂質分析は現在進行中である。これまでのところ温泉近傍からの生物試料,酸性河川懸濁物試料中にはanteiso化合物は検出されず,起源生物は,湖内に生息する微生物である可能性がよりいっそう高まった。
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