近年、受容体を介する細胞膜情報伝達系の多くは、GTP結合蛋白質(G蛋白質)をトランスデュサーとして、種々の効果器と共役していることが明らかとなった。G蛋白質は3量体G蛋白質と低分子G蛋白質に分類される。低分子G蛋白質の1つであるRas p21は発癌、細胞増殖と密接に関係する。心筋細胞の強力な成長因子であるカテコールアミン等もRas p21と共役した受容体を通じて情報伝達することにより機能している。 肥大型心筋症の特徴的組織所見は心筋細胞の肥大と錯綜配列および線維化である。特に錯綜配列は1種の良性腫瘍性変化であるので、肥大型心筋症の成因に腫瘍と関連したRas p21が関与するという仮説を考えた。 この仮説を証明するために、ヒト肥大型心筋症30例、正常心7例、拡張型心筋症20例の心内膜心筋生検組織を対象に低分子量G蛋白質Ras p21(cH-rasおよびN-ras)ならびにその遺伝子の発現を免疫組織学的手法とin situ hybridization法を用いて検討した。 その結果、以下のことが明らかとなった。 1.低分子量G蛋白質Rsa p21の1つであるcH-rasは、正常心では発現がみられなかったが、HCMの70%、DCMの65%で発現していた。このcH-ras発現の程度は心筋細胞の肥大ならびに線維化の程度と相関した。しかし、錯綜配列との関連については、心生検組織中に高度の錯綜配列のある症例が少なく、検討できなかった。 2.他のRas p21であるN-rasは、正常心、肥大型心筋症、拡張型心筋症ともに発現し、3群間で差がなかった。 以上より、低分子G蛋白質Ras p21のうちcH-rasの発現が心筋症における心筋細胞の肥大、線維化等の病態に関与すると結論した。
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