Research Abstract |
1)マルクスの価値・生産価格論や再生産論を均衡論的枠組みで理解し,その定式化を行った研究は多くの成果を挙げてきたものの,それらが総じて経済の静態的な側面にのみ焦点をあてている点に問題が残されている。こうした研究は,伸縮的価格が調整パラメータである集中的市場を暗黙の前提としている点,資本間の競争が環境適応的なものに限定されている点,一部門一技術を仮定している点で,資本主義経済の本質的特徴を捨象している。 ところで,マルクスの市場価値論は,産業内に多数の資本と技術が存在しながら競争しているような動態的状況を問題としている点に特徴がある。われわれは,市場価値論における二つの主要な見解である「平均説」と「限界説」は,どちらも論理的には首尾一貫しているものの,前者が静態的経済,後者が動態的経済を想定している点に大きな違いがあるとした。「限界説」は,絶えざる需要の変動に資本がその供給を調整しようとする動態的経済のヴィジョンを描写しているので、より現実的であり,絶えず新しい技術を革新しようとする資本の環境創出的な競争概念とも適合的である。 以上の研究成果は「競争と動態の概念」および「市場価値論と動態的市場過程」の2本の論文にまとめられた。 2)価値・生産価格の理論の以上の再検討を踏まえ,資本主義経済における市場の基本形を,従来とは異なる観点から理論化する必要がある。それは,資本主義経済を特徴づける不安定と不均衡,分散と変動にかんする理論的ヴィジョンを決定するので特に重要である。 われわれは,その際,市場における価格調整と数量調整(在庫調整,稼働率調整,資本蓄積率調整)は短期から長期への異なる時間構造の中で相補的に機能しながら,多層的な調整機構を形成していることに注目して分析をすすめた。資本主義経済における市場の基本形は,時間を重要な契機とする多段階型の調整機構であり,資本主義経済は多層的な価格・数量調整過程を介して動態的にのみ存立しうる経済システムである。そのことから,資本主義経済がある種の自己組織化システムであると理解することも可能である。 以上の研究成果は「市場の多層的調整機構(上)(下)」の2本の論文にまとめられた。 なお,社会主義経済計算論争における集中的市場像,分散的市場像,動態的市場像など,さまざまな市場像の比較分析を行った以前の研究成果に補正を加え『市場像の系譜学』として刊行した。
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