Research Project
Grant-in-Aid for Encouragement of Young Scientists (A)
日本古典文学の代表的存在であり、現代語訳を通して現在もなお読み継がれている『源氏物語』を取り上げ、原文と現代語訳との文体・内容比較を行い、1、原作の「語り手」が現代語訳においては、明治以降の日本語の変容・文学状況の推移などにより大きく変貌したこと、2、具体的には戦前に刊行された與謝野晶子訳と谷崎潤一郎訳における「語り手」の処遇には明治以降移入された小説という概念との閲ぎ合いの姿がみられ、小説志向の與謝野訳、物語志向の谷崎訳という対立的な構図が確認されること、3、一九七0年代に出版された円地文子訳では、物語対小説という対立の構図よりもむしろ、「語り手」の自立とでもいうべき現象が現れ、原作にはない現代語訳独自の物語内容を「語り手」が創作していく姿勢を指摘できること、4、一九九〇年代に出版された瀬戸内寂聴訳は、與謝野訳とは主語を補うなどの読みやすい文章の工夫、谷崎訳とは「語り」のイメージを喚起させる敬体の文末辞、円地訳とは改行やルビの多用など、先行する三作品との文体上の共通項を示しつつ、原点に立ち返るかのような原文に忠実な訳をきわめてわかりやすい言葉で行っていること、それは即ち、円地訳以降相次いで登場した私語り『源氏物語』とでもいうべき作品群(田辺聖子や橋本治らの作品)の隆盛を経た現在、「語り手」の個性ではなく『源氏物語』そのものを求める現代の読者像の反映であり、物語対小説の葛藤の結果としての「語り手」や自己増殖する「語り手」とは異なり、現代の読者と平安時代の物語とのスムーズな橋渡しに撤する交通整理的役割を担った新たな「語り手」の誕生を示していること、を明らかにすることができた。
All Other
All Publications (1 results)