Research Abstract |
なぜ,人類が毛を脱ぎ捨てたのか,についていくつかの仮説が知られているが,これらの仮説を実験的に検証した研究はない。そこで本研究では,毛の温熱生理的役割について,特に熱放射遮蔽効果について生理人類学的に研究した。高温環境(37℃)および常温環境(27℃)において,赤外線ランプによる熱放射を成人男性8名の身体右側に暴露した。熱放射強度は,毛のない状態を想定した強熱放射条件(約0.95kw/m^2),薄い毛で覆われた状態を想定した弱熱放射条件(約0.48kw/m^2),厚い毛で覆われた状態を想定した熱放射無条件の3条件で行った。被験者は短パンのみを着用し,前室(気温約25℃)で1時間安静を保った後に人工気象室に入室し,各条件下で50分間椅坐位安静を保った。その間,直腸温,鼓膜温,皮膚温,皮膚血流量,熱流量,発汗量などを測定した。 その結果,以下のことが明らかになった。 1.総発汗量は熱放射が強いほど(毛が少ないほど),気温27℃,37℃のいずれにおいても増加する傾向が見られた。 2.熱放射を暴露された身体右側の皮膚温,皮膚血流量,熱流量は,気温27℃,37℃のいずれにおいても熱放射が強いほど(毛が少ないほど)増加した(熱流量は,27℃で放熱量の減少,37℃で受熱量の増加)。 3.気温との回帰関係から各生理量の修正平均を算出したところ,熱放射を暴露されていない身体左側の皮膚温,皮膚血流量は熱放射が強いほど(毛が少ないほど)逆に減少するという興味深い結果が得られた。これは,熱放射により増加した全身的な発汗の蒸発による冷却効果のためと考えられる。 4.体温(直腸温,鼓膜温)には気温27℃,37℃のいずれにおいても熱放射強度の影響は認められなかった。 5.以上のことから,人類の優れた発汗機能が高温下の放熱を促進し、毛のないことによる受熱の増加を補償できたと考えられる。
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