器官のアイデンティティーがどのようにして決定されるのかという問題は、発生プログラムの基本をなす重要な問題である。これまで、ショウジョウバエの主要な成虫器官である、複眼、触角、翅、肢の全てにおいて、これらの形成をより上位で支配している遺伝子の発現を、Notchシグナリングを中心とした機構が共通に制御していることを明らかにした。そして、この共通機構からどの器官の誘導がなされるのかは、この機構と共に働く遺伝子の発現状況により決定されることを明らかにした。本研究では、ショウジョウバエを用いて、この共通機構から器官特異性が決定されるまでに必要な遺伝子発現のカスケードと、それらの遺伝子間のクロストークを明らかにすることを目的とした。そのために、酵母の転写因子GAL4のターゲット配列UASをランダムに導入したショウジョウバエ系統(遺伝子サーチシステム)を用いて、複眼原基でGAL4を発現させ、活性化型Notchレセプターと同時に発現させたときに、複眼から翅、触角あるいは肢へと器官変換を誘導できる、UASの下流に存在する遺伝子を同定することにした。現在までおよそ350系統のスクリーニングを終了しているが、すでに複眼が翅に変換する系統(GS1068)と複眼が触角に変換する系統(GS1129)を見出している。それぞれの系統においてゲノム上でのUAS挿入位置はすでに明らかとなっており、現在それらの遺伝子の同定を進めている。これまでに、GS1068はNotchシグナルと共に働きAntennapedia(Antp)の異所的な発現を誘導し、そのAntpが再びNotchシグナルと共に働き、翅の形成を支配するvestigialの発現を誘導し、複眼から翅への転換を誘導することを明らかにした。
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