本研究の目的は、シナプス形成過程に関与する分子機構が、シナプスの可塑性発現と記憶・学習にも使用されるという仮説を証明するために、脳の部位と発達段階の時期を限局して機能分子を欠損させたマウスを作成し解析することである。このために、遺伝子背景の問題がなく、学習能力の高いC57BL/6系統由来のES細胞株を用いた組換え系を実用化した。これまで一般に使われているES細胞株は、129系統由来のものであるが、このマウスには脳に奇形があるために脳の高次機能を解析するのには不向きで、膨大な時間と労力をかけて戻し交配をおこない解析する必要があった。本研究によりこの問題を回避できるようになった。次に、中枢神経系の特定の細胞で時期特異的に目的の遺伝子の組換えを起こすシステムの開発をおこなった。その結果、プロゲステロン受容体とCreリコンビネースの融合タンパクであるCrePRと、小脳プルキンエ細胞特異的に発現するグルタミン酸受容体チャネルδ2サブユニット遺伝子を用いてCrePR遺伝子をプルキンエ細胞特異的に発現するマウス系統を樹立した。このマウスでは、アンチプロゲステロンRU486投与によりプルキンエ細胞特異的な組換えを誘導できる。同様な方法で、海馬CA3特異的な組換え誘導マウスの系統を作成している。さらに、標的遺伝子としてNMDA型グルタミン酸受容体ε2(NR2B)サブユニットや細胞接着分子βカテニンなど7種類の分子を選択し、Creリコンビネースの認識配列loxPを導入したマウスの作成を進めている。今後、これらのマウスを交配させ、遺伝子を部位、時期特異的に欠損させたマウスを作成し、その表現型の解析より、標的分子が脳高次機能に果たす役割を明らかにする。
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