活動したシナプスに特異的に起こる可塑的変化による個々のシナプスの強化・減弱は機能的な神経回路形成の基盤と想定され、それに関する多くの研究が報告されている。一方、多数のシナプスからの入力に応じてシナプス後細胞がその活動電位発生頻度のダイナミック・レンジ内で適切に出力するためには、個々のシナプス結合に強弱を付けるだけでなく、そのゲインを全般的に調節する機構が必要と考えられる。例えば、皮質細胞への興奮性入力レベルが高い場合に有効な信号を出力するには、出力レベルが飽和しないように興奮性シナプスの強さを全般的に低下させるか抑制性シナプスの強さを上げる必要がある。この神経回路の活動レベルを適正化するようなシナプス・ゲインのスケーリングが実際の脳で起きているかを検討する目的で、飼育環境を変えることにより視覚野全体の活動レベルを操作した動物を用いて、皮質細胞の活動レベルがシナプス伝達の発達に及ぼす影響を調べた。正常の視覚環境で飼育した感受性期群、成熟群、生後直後から成熟するまで暗室飼育した群の3群のラットを使用した。それぞれのラットから視覚野切片標本を作成し、2/3層錐体細胞からホールセルパッチクランプ記録を行った。薬理学的に興奮性シナプス伝達を遮断した状態で、4層の電気刺激により誘発される抑制性シナプス後電流(IPSC)およびTTX存在下で微小抑制性シナプス後電流(mIPSC)を記録、解析した。mIPSCの平均振幅は、正常視覚環境で飼育した感受性期群と成熟群の間で有意な差はなかったが、暗室で成熟するとその振幅は有意に増大した。また、4層刺激により誘発されるIPSCの振幅には群間で有意な差は見られなかった。暗室飼育に伴い抑制性シナプスの量子サイズの増大したことから、視覚野細胞の出力レベルの適正化は、抑制性シナプスではなく興奮性シナプスのゲインを調節することにより行われる可能性が示唆された。
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