哺乳類大脳皮質に広く見られるコラム構造の形成過程において、神経栄養因子とりわけ脳由来神経栄養因子(BDNF)が重要な機能分子として注目されている。一方、BDNFは上記のコラム構造のような数日以上の長期間を要する形態学的効果のみならず、シナプス効率を分単位で強化させることが、スライス標本などのin vitro実験系で報告されている。さらに最近、培養標本において、BDNFが直接ニューロンを興奮させる作用を持つことが報告された。これらの現象は、BDNFが脳内の神経結合の形成に関与するのみならず、神経結合の働きを急速に変化させることで脳機能をダイナミックに調節する可能性を示している。そこで本研究は、BDNFの投与や内因性BDNFの抑制により、発達期視覚野ニューロンの光反応性がどのように変化するかを明らかにすることで、視覚野神経回路網の働きの中でBDNFが果たす役割を探る。 今年度は、眼優位コラムの拡大作用が認められる、2週間のBDNF長期投与により、視覚野ニューロンの光反応性がどのように変化するかを検討した。生後4-5週の仔ネコの両側一次視覚野にステンレスカニューレを留置し、浸透圧ミニポンプを用いてBDNFあるいはリンゲル液を2週間にわたり持続投与した。その後、動物を麻酔、非動化し、BDNF投与部位周辺の皮質より多数のニューロンのスパイク活動を細胞外記録した。リンゲル液投与部位周辺でも同様の記録を行い、各ニューロンの光反応性(反応の強さ、方位選択性等)を定量的に解析した。その結果、BDNF投与部位周辺においては、視覚野ニューロンの光反応の強さが低下しており、また方位選択性も弱くなっていることが明らかとなった。この結果は、BDNF投与が、既存のシナプスを単純に強化あるいは抑圧するのではなく、シナプスの再編成を行うことを示唆している。
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