北海道東部の「アイヌ文化」の成り立ちを物質文化史の観点から探るため、2つのアプローチで調査した。1つが、遺跡出土礫石器の使用痕調査で、標津町伊茶仁カリカリウス遺跡、羅臼町松法川北岸遺跡出土の縦長棒状礫を素材とする石器の用途把握に向けた調査である。民族誌を基に礫石器用途の候補、並びに直接打撃、間接打撃等作業方法の候補を想定し、各パターンの使用実験を行い、その上で実験石器と遺跡出土礫石器の使用痕を比較した結果、遺跡出土礫石器の使用痕は、金属製ナイフとの組み合わせた間接打撃による使用痕、並びに硬質対象物との接触によって形成された使用痕の可能性が高いことが明らかとなった。前者の具体的な用途として、鯨骨など厚みのある骨角器素材の切断が想定された。後者は実験では台石との接触が生じ易い植物加工に用いた資料との類似性が高かったためデジタルマイクロスコープや偏光顕微鏡を用いて植物加工痕跡の確認に務めたが、今回の対象資料では確認することができなかった。この縦長棒状礫を素材とする礫石器は北海道東部に特徴的なため、今後他の用途も視野に入れながら調査を重ねていく。2つ目のアプローチは中世アイヌ文化期の鉄器を対象とした金属組成の比較調査で、陸別町ユクエピラチャシ跡の5資料から8点、羅臼町オタフク岩洞窟遺跡の5資料から7点の試料を採取して岩手県立博物館で分析調査を行った。分析結果をこれまでの調査成果と比較した結果、調査した2遺跡の鉄器組成は、福島県、宮城県で出土する鉄器と類似性が高く、一部西日本と類似する組成の資料も含まれていた。北海道中央部では関東と類似性の高い鉄器が多く出土するため、今回の結果は鉄器流通に関する北海道東部の独自性を示している可能性がある。2つのアプローチにより、北海道東部の「アイヌ文化」が北海道中央部とは生業文化や社会的交流の面で異なる歩みを辿った可能性が推測された。
|