地域文化の変容からみた近代教育システムの形成に関する比較史研究
Project/Area Number |
19653094
|
Research Category |
Grant-in-Aid for Challenging Exploratory Research
|
Allocation Type | Single-year Grants |
Research Field |
Educaion
|
Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
越水 雄二 Doshisha University, 社会学部, 准教授 (40293849)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
長谷川 精一 相愛大学, 人間発達学部, 教授 (40269824)
北澤 義之 京都産業大学, 外国語学部, 教授 (90257767)
|
Project Period (FY) |
2007 – 2009
|
Project Status |
Completed (Fiscal Year 2009)
|
Budget Amount *help |
¥3,100,000 (Direct Cost: ¥3,100,000)
Fiscal Year 2009: ¥1,100,000 (Direct Cost: ¥1,100,000)
Fiscal Year 2008: ¥1,000,000 (Direct Cost: ¥1,000,000)
Fiscal Year 2007: ¥1,000,000 (Direct Cost: ¥1,000,000)
|
Keywords | 地域文化 / 近代教育システム / 比較教育史 / フランス:日本:ヨルダン / ブルターニュ / 沖縄 / ヨルダン |
Research Abstract |
フランス第三共和政下でも明治維新後の日本でも、近代学校制度が設立される過程で、ブルターニュの地域言語ブレイス語と沖縄の「方言」が、学校で使用を禁じられ社会生活において蔑視される事態が生じた。ところが、第二次世界大戦後に建国されたヨルダンでは、欧米型の学校制度が導入されても、地域言語に対する顕著な抑圧は生じなかった。この相違は、ヨルダンでの国語に相当するアラビア語教育では、フスハー(文語)の習得が目的にされ、その学習が、日常生活に用いるアーンミーヤ(口語)との間に緊張を生じさせなかった点に由来すると考えられる。言語の特質と文化背景の違いにより、近代学校制度は国語教育を通じて地域の言語ひいては文化を抑圧する、とは必ずしも一般化できない。 もちろん、学校制度中心心の近代教育システムは、地域に根ざす文化を抑圧する機能をもっていた、しかし他方では、それが提供する知識や情報により地域文化の価値が再認識され、伝統が新たに創造されて、国民国家の中央集権的文化統合に対抗する根拠になった面、あるいは、人びとの社会的移動が促進され、地域と国家の権力および経済構造に影響を与える側面もあった。 本研究は、そうした多面性を探るため、次の3人物の思想をライフヒストリーとともに比較考察した。ブルターニュでは、農民出身で小学校教員となり、退職後は商店経営に携わってブルジョア化したジュリアン・ガルニエJulien Garnier(1867-1945)。沖縄では、戦前から戦後にかけて標準語指導に尽力し、学校教育界をリードした山城宗雄(1895-1964)。ヨルダンに関しては、若き日にフランスやスイスで近代教育を学び、第二次大戦後はアラブ連盟文化長官を18年間務めたサティ・アル=フスリーSati al-Husri(1882-1967)。彼らの生涯と思想に関する詳細と考察は、別途報告書に紹介する予定である。
|
Report
(3 results)
Research Products
(7 results)