The Victorian Zeitgeist and Threats in the Works of Dickens: A Social-Psychological Study
Project/Area Number |
21K00386
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Allocation Type | Multi-year Fund |
Section | 一般 |
Review Section |
Basic Section 02030:English literature and literature in the English language-related
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
松岡 光治 名古屋大学, 人文学研究科, 名誉教授 (70181708)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Project Status |
Granted (Fiscal Year 2022)
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Budget Amount *help |
¥2,340,000 (Direct Cost: ¥1,800,000、Indirect Cost: ¥540,000)
Fiscal Year 2023: ¥780,000 (Direct Cost: ¥600,000、Indirect Cost: ¥180,000)
Fiscal Year 2022: ¥780,000 (Direct Cost: ¥600,000、Indirect Cost: ¥180,000)
Fiscal Year 2021: ¥780,000 (Direct Cost: ¥600,000、Indirect Cost: ¥180,000)
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Keywords | 脅迫 / ディケンズ / ヴィクトリア朝 / 社会心理学 / 犯罪 / 時代精神 / 社会風潮 / 防衛機制 / 弁護士 / 暴力 / 想像力 |
Outline of Research at the Start |
本研究は、ヴィクトリア朝の時代精神を色濃く反映したディケンズの作品を議論の俎上に載せ、支配者側に立つ個人および集団の抑圧的権力の行使による「脅迫」という犯罪の普遍性と特殊性を社会心理学的に分析するものである。1840年代の通信革命を経てマスメディアが急速に発展した1850年代からディケンズが亡くなった直後の1873年までのヴィクトリア朝中期は、インターネットの発展の恩恵と誹謗中傷や脅迫といった弊害とのジレンマに苦しむ現代の日本社会と酷似している。本研究の最終的な目的は、従来の人間関係を変質させた仮想空間に見られる悪意を伴った匿名の脅迫という喫緊の社会問題の改善に寄与することにある。
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Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、ヴィクトリア朝の代表的な小説家ディケンズ (Charles Dickens, 1812-70) の作品を一次資料として用い、そこで明示的・暗示的に描写された「脅迫」の場面に焦点を定め、19世紀イギリスの時代精神と社会風潮の影響を受けた人間の脅迫という言動の法則性を突き止め、そうした強迫の言説を表出させている社会的および心理的文脈を解明することにある。 令和4年度は、脅迫がプロットの展開において重要な役割を果たすディケンズの前期作品群の中で、『骨董屋』(_The Old Curiosity Shop_, 1840-41) で悪そのものを楽しんでいるクウィルプ (Daniel Quilp) と『デイヴィッド・コパフィールド』(_David Copperfield_, 1849-50) で主人公をライバル視する悪の分身ヒープ (Uriah Heep) の考察に特化し、それぞれの脅迫者の動機と犯罪心理をヴィクトリア朝の時代精神という文脈の中で明らかにした。 暴力のジェンダー化が投影された『骨董屋』では、資本主義と家父長制が共犯的に労働市場と家庭の双方に作用することで女性を抑圧し、自己実現の可能性を奪われた女性の無権利状態が合法化されていたヴィクトリア朝の状況において、夫人に対する言動がすべて脅迫的なクウィルプはサディストに見えるが、無力な自分を防衛するために発生する夫人の彼への自己の同一視、そして自我の防衛機制としてのマゾヒズムが彼の加虐性愛にも見られることが判明した。一方、『デイヴィッド・コパフィールド』のヒープは道徳に反する卑劣漢として描かれているが、彼の善の分身である主人公デイヴィッドに対する脅迫は、ヴィクトリア朝の時代精神として立身出世の基盤であった自助の精神のパロディーとなっているだけでなく、デイヴィッド自身の隠された否定的な属性として暗示されている点を明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
ディケンズが描く「脅迫」は近代資本主義を支えたレッセ・フェールによって巧みに隠蔽された暴力であり、その批判の対象は階級間に見られる抑圧的権力になることが多い。そこには、実体を伴う支配者側の具体的で可視的な権力に加え、秩序維持のために彼らを管理・統制する抽象的な不可視の権力も含まれている。令和4年度は、こうした支配者側の可視・不可視の権力による脅迫の社会心理学的な分析のために、『骨董屋』と『デイヴィッド・コパフィールド』に研究対象を絞った。 令和4年度に出版予定だった『骨董屋』に関する論文「多弁と沈黙による脅迫のストラテジー:『骨董屋』における暴力と想像力」はほぼ完成していたが、最後の推敲が時間不足に終わった。『デイヴィッド・コパフィールド』に関しては主人公デイヴィッドが会ったばかりのヒープに強く引き付けられている点に着目した。具体的には、デイヴィッドはヒープが自分の悪の分身であることを無意識的に悟っている、そしてヒープから指摘された成り上がりの側面がデイヴィッドの中にあるという二つの仮説を立て、それらの仮説を悪の分身に対するデイヴィッドの暗示的な脅迫の言動から実証する論文の執筆が進行中である。こうした主人公の自己欺瞞的な道徳性の欠如は女性問題にも見られ、明示的に描写される彼の脅迫の言動とは別に、アグネスに邪恋を抱くヒープに彼が赤熱の火かき棒を突き刺す夢の世界だけでなく、最終的に彼がピープの頬に平手打ちを浴びせる現実の世界でも暗示されている点から、それらの言動は彼自身の無意識的な罪悪感の投影だと言える。この論文では、主人公をライバル視する悪の分身ヒープに対する実際の脅迫のみならず、上記のような主人公の言動に暗示される脅迫の言動についても、それらの動機と犯罪心理をヴィクトリア朝の時代精神という文脈の中で明らかにしようとしている。
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Strategy for Future Research Activity |
ディケンズ文学における「脅迫」の場面を概観すると、相手が抵抗をやめて自分の正当性と優 位性や相手に対する活殺自在の権が保証されることで、加害者の脅迫の多くは鎮静化している。その最大の理由は産業革命によって激変したヴィクトリア朝の時代精神にあるように思える。本研究における最終の令和5年度は、そうした仮説に立って、ジェンダー・階級・人種に加え、政治・経済・法律・宗教・教育・医療などの権力側が築こうとする不条理な権力構造と彼らの脅迫の動機と犯罪心理を分析しながら、その実証を試みる。 具体的には、令和3年度の『荒涼館』と『大いなる遺産』、令和4年度の『骨董屋』と『デイヴィッド・コパフィールド』に続いて、最終の令和5年度は夫が刃向かう妻を屈辱的な脅迫で従属させようとする『ドンビー父子』(_Dombey and Son_, 1846-48) と主人公の聖歌隊長ジャスパーが目による催眠術で甥の許嫁を脅迫して邪恋を成就させようとする『エドウィン・ドルードの謎』(_The Mystery of Edwin Drood_, 1870) に焦点を定め、そうした脅迫の場面の社会心理学的な意味をヴィクトリア朝の時代精神に照らして分析する予定である。 現代社会で恐怖を感じるSNS上における匿名の悪意に満ちた誹謗中傷という脅迫的な発言の動機は、そのほとんどが相手を沈黙させる、謝罪させる、同時に自分自身の正当性を証明したいという点にある。そうした発言は、原則的に匿名で配信できること、そして特定の個人に対して集団で非難や脅迫ができることで、可能となっている。このような没個性化と集団極性化は、ヴィクトリア朝初期の1840年の通信革命以後の社会変化を活写したディケンズ作品に端的に見られる現象であるので、現代のネット社会における必要悪としてのSNSが生み出している新たな社会問題を改善する方法が明らかになるはずである。
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Report
(2 results)
Research Products
(2 results)