Historical Research on the Formation and Development of Academic Fields' Genealogy in Higher Education Institutions in Modern Japan
Project/Area Number |
21K02187
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Allocation Type | Multi-year Fund |
Section | 一般 |
Review Section |
Basic Section 09010:Education-related
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
井上 高聡 北海道大学, 大学文書館, 准教授 (90312420)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
山本 美穂子 北海道大学, 大学文書館, 特定専門職 (70455583)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Project Status |
Completed (Fiscal Year 2023)
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Budget Amount *help |
¥4,030,000 (Direct Cost: ¥3,100,000、Indirect Cost: ¥930,000)
Fiscal Year 2023: ¥1,300,000 (Direct Cost: ¥1,000,000、Indirect Cost: ¥300,000)
Fiscal Year 2022: ¥1,300,000 (Direct Cost: ¥1,000,000、Indirect Cost: ¥300,000)
Fiscal Year 2021: ¥1,430,000 (Direct Cost: ¥1,100,000、Indirect Cost: ¥330,000)
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Keywords | 札幌農学校 / 帝国大学 / 高等農林学校 / 学術史 / 大学史 / 高等教育史 / 文部省外国留学生 / 実科演習 / 講座 / 農学 / 技術者 / 田中義麿 / 専門学校 / 遺伝学 / 科学史資料 |
Outline of Research at the Start |
本研究では、西洋科学の導入から出発した近代日本の高等教育機関、特に帝国大学において、学術分野が分化・成立した後、学術系譜が形成・展開していく過程を実証的に検討する。特に農学分野と、農学と関わりの深い生物学系分野(動物学・植物学など)を取り上げる。考察の対象は、戦前期に農学分野の学部を擁した東京・北海道・九州・京都・台北の各帝国大学、及び旧制専門学校における、学科・講座等の編成経過と特徴、研究者の輩出・配置・異動・往来・構成の経緯と展開、学術研究の内容と特性などである。合わせて、本研究に関係する研究者旧蔵資料(研究ノート、原稿、日記、別刷り論文など)の保存・公開等のあり方についても検討する。
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Outline of Annual Research Achievements |
研究分担者は、1900~1930年代に新設された東北帝国大学農科大学(1918年に北海道帝国大学)、九州帝国大学農学部、京都帝国大学農学部、台北帝国大学理農学部、北海道帝国大学理学部等において、教官に就いた札幌農学校・東北帝国大学農科大学・北海道帝国大学農学部の卒業生の動静を一覧化した。一覧にもとづき、札幌農学校以来の学術系譜である、(1)農学(作物学、園芸学、育種学、農業工学)、(2)植物学及び(3)動物学(分類学・系統学、生理学、発生学、遺伝学)、(4)農芸化学(土壌学、肥料学、食品化学、農産製造学、応用菌学)、(5)畜産学(馬学・牛学、病理学、育種学、獣医学、製造学)、(6)林学(造林学、林産学、砂防工学)、(7)農業経済学(経済学、農政学、植民学)が、北海道・京都・福岡・台湾においてどのように展開され、その系譜を紡いできたのかを明らかにした。 一方、研究代表者が担当した高等農林学校は、1903年の専門学校令制定により設置が進んだ。1910年前後、1920年代前半、1944年以降の3期に官立高等農林学校の増設・拡張の大きな動きがあり、札幌農学校・東北帝国大学農科大学・北海道帝国大学農学部の卒業生の有力な就職先となった。特に、最初の高等農林学校である盛岡高等農林学校(1902年設置)、校長を輩出した鳥取高等農業学校(1920年設置、山田玄太郎・角倉邦彦)、台湾総督府高等農林学校(1922年設置、大島金太郎)、岐阜高等農林学校(1923年設置、東海林力蔵・草場栄喜・米山豊・山枡忠好・小瀬伊俊)には、多くの卒業生が赴任した。また、高等農林学校は基本的に帝国大学出身者を教授に迎え、自校の卒業生が着任することはほとんどなかったため、離任者があった場合は同窓の出身者が後任を占めることが多かった。学術系譜の形成において、この点に帝国大学とは異なる特徴を有していたことを明らかにした。
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Report
(3 results)
Research Products
(12 results)