The Drug Policy of Nazi Germany and East Asia
Project/Area Number |
22K01374
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Allocation Type | Multi-year Fund |
Section | 一般 |
Review Section |
Basic Section 06020:International relations-related
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
熊野 直樹 九州大学, 法学研究院, 教授 (50264007)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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Project Status |
Granted (Fiscal Year 2022)
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Budget Amount *help |
¥3,250,000 (Direct Cost: ¥2,500,000、Indirect Cost: ¥750,000)
Fiscal Year 2025: ¥520,000 (Direct Cost: ¥400,000、Indirect Cost: ¥120,000)
Fiscal Year 2024: ¥910,000 (Direct Cost: ¥700,000、Indirect Cost: ¥210,000)
Fiscal Year 2023: ¥910,000 (Direct Cost: ¥700,000、Indirect Cost: ¥210,000)
Fiscal Year 2022: ¥910,000 (Direct Cost: ¥700,000、Indirect Cost: ¥210,000)
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Keywords | ナチス・ドイツ / 麻薬政策 / 東アジア / 「満洲国」 / ペルビチン / 阿片 / 麻黄 / 南方軍政 / 通商関係 |
Outline of Research at the Start |
ナチス・ドイツは第二次世界大戦中、麻薬の原料の多くを東アジアから輸入していた。そうしたなかでドイツの麻薬政策においては、麻薬の種類(阿片、モルヒネ、コカ、覚醒剤・麻黄)によってその政治過程も東アジアとの通商関係も大きくことなることがわかっている。そこで、本研究では、ドイツの麻薬政策と東アジアとの通商関係に関する個別の事例研究を行い、それらを総合的に整理する。そのなかで阿片の歴史的特徴を捉え直すことが本研究の最終的な目的である。
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Outline of Annual Research Achievements |
当該年度に実施した研究の成果として、まずナチス・ドイツのペルビチン(覚醒剤のドイツでの登録商標名)を始めとした麻薬政策の内実と第二次世界大戦中における麻黄やエフェドリンを始めとした交易の実態解明を挙げることができる。日本で発見されたエフェドリンとメタンフェタミン(覚醒剤の化学名)は、ナチス・ドイツでのペルビチン開発の重要なきっかけになった。そのペルビチンが日本に輸出され、日本軍で使用された可能性があることが判明した。 ナチス・ドイツにおいてはペルビチンは1941年6月以降阿片法改定によって非合法化されたが、その背景には「健康ユートピア願望」たるナチ・イデオロギーがあった。戦争の遂行及び戦果の獲得を至高の目標とするドイツ国防軍にとって、ペルビチンは「軍事的に決定的に重要」な道具であった。それ故、ペルビチンの非合法化はドイツ国防軍によって骨抜きにされた。その際、ナチの健康指導者であるL・コンティらナチ・イデオローグとドイツ国防軍との間でペルビチン使用をめぐる激しい相克が生じた。しかし、戦時中における戦果の獲得とそのための兵士の業績能力向上の要請を前に、コンティらナチ・イデオローグは敗退した。戦時下ではナチ・イデオロギーよりも戦果の獲得と業績能力の向上が何よりも優先された。その結果、軍隊を始めドイツ社会においてペルビチンが蔓延することになる。その意味でナチス・ドイツは麻薬に病む究極の業績社会であったといえる。 ナチス・ドイツの麻薬政策は、ペルビチン、阿片、コカによってそれぞれ内実が異なっていることが判明した。阿片は1929年まで合法であったが、ペルビチンは1941年まで合法であった。また、ナチス・ドイツは第二次世界大戦中「満洲国」から阿片を輸入して、その一部を南方軍政に輸出していた。その一方で、麻黄やコカが南方軍政へ再輸出されたという事実は、現時点では確認できていない。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度における本研究課題の進捗状況については、「おおむね順調に進展している」と評価できる。当該年度においては、まずナチス・ドイツの麻薬政策の内実を明らかにすることができた。特にペルビチンに対する政策及びその原料である麻黄やエフェドリンの独亜間の交易の実態をも明らかにすることができた。その際、ナチス・ドイツが麻黄を内モンゴルから日本を仲介として天津経由で輸入していたことが明らかになったことの意義は大きいといえる。また、日中戦争勃発前までに「合成エフェドリン」をナチス・ドイツが日本に輸出していたことが判明したことも重要な研究成果であったと評価できる。 また当該年度においては、国立公文書館で関係史料の調査を行った結果、1945年5月のナチス・ドイツ降伏後のドイツ滞貨としての阿片の動向を示す史料を発掘できたことも重要である。特に1945年8月の日本降伏後におけるナチ阿片のゆくえを示す当該史料の正本がそもそも大蔵省に保管されていたことは、戦中・戦後における日独の阿片交易の日本側の最終的な責任部門を考える際に、大きな示唆を与えてくれる。その際、ナチ阿片の輸入に関して関税問題が大きく関わっていたことも重要な発見である。また、この間解明できなかったナチ阿片に対する日本側の動向やGHQの対応を示す新たな史料を発掘できたことも重要な研究成果であった。 以上から、「おおむね順調に進展している」と評価した次第である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の推進方策としては、まず麻黄、エフェドリン、ペルビチンをめぐる日独の戦中・戦後の関係について実証的に検討を行なう予定である。その際、日本では1951年まで覚醒剤は合法化されており、ドイツでは1941年に非合法化されていた。戦後における日独の覚醒剤をめぐる対応と政策の相違等をも検討する予定である。 次に阿片をめぐるナチス・ドイツと東アジア、特に内モンゴル、「満洲国」、日本との関係を検討する予定である。特に内モンゴルとドイツとの関係を示す史料を断片的に見つけたが、それらを手掛かりに両者の関係をさらに掘り下げて行くことを計画している。またナチス・ドイツの阿片を中心とした麻薬政策とともに、「満洲国」の阿片を中心とした麻薬政策の実施過程、特に漸禁政策の実施過程の実態を明らかにする予定である。それとドイツの麻薬政策の実施過程との比較をも行いたい。これによって、ナチス・ドイツの麻薬政策の歴史的特徴を逆照射して、浮き彫りにする予定である。 また、引き続きナチス・ドイツが東アジアで輸入した阿片のゆくえを追う予定である。特に「大東亜共栄圏」内におけるナチ阿片のゆくえについても南方軍政地域を中心に実証的に明らかにしていくことを計画している。 さらにナチス・ドイツが東アジアで獲得した麻薬等の輸入品が、いかなる手段で、どのようなルートを経て、ヨーロッパへ輸送されたのかも実証的に検証していきたい。いわば第二次世界大戦期における欧亜の輸送方法とルートの解明、すなわち欧亜間の物流過程を明らかにしていく予定である。
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Report
(1 results)
Research Products
(3 results)