Project/Area Number |
23K04222
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Allocation Type | Multi-year Fund |
Section | 一般 |
Review Section |
Basic Section 23040:Architectural history and design-related
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Research Institution | Nagasaki Institute of Applied Science |
Principal Investigator |
山田 由香里 長崎総合科学大学, 工学部, 教授 (60454948)
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Project Period (FY) |
2023-04-01 – 2028-03-31
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Project Status |
Granted (Fiscal Year 2023)
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Budget Amount *help |
¥4,420,000 (Direct Cost: ¥3,400,000、Indirect Cost: ¥1,020,000)
Fiscal Year 2027: ¥780,000 (Direct Cost: ¥600,000、Indirect Cost: ¥180,000)
Fiscal Year 2026: ¥1,040,000 (Direct Cost: ¥800,000、Indirect Cost: ¥240,000)
Fiscal Year 2025: ¥1,040,000 (Direct Cost: ¥800,000、Indirect Cost: ¥240,000)
Fiscal Year 2024: ¥780,000 (Direct Cost: ¥600,000、Indirect Cost: ¥180,000)
Fiscal Year 2023: ¥780,000 (Direct Cost: ¥600,000、Indirect Cost: ¥180,000)
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Keywords | 天守最上階の祭祀空間 / 天守の階段位置 / 名古屋城天守 / 小田原城天守 / 安土城天守 / 丸岡城天守・彦根城天守 / 松本城天守 / 城郭天守 / 天守最上階 / 祭祀空間 / 高層木造建築 / 天守再考 |
Outline of Research at the Start |
本研究は、城郭天守の最上階に設けられた祭祀空間について、建築史的に明らかにすることを目的とする。具体的には、現存天守遺構、天守模型、絵図面、文字資料、古写真等の調査分析を通じて、天守最上階に神仏を祀り、儀式を行った空間を、明らかにすることを目的とする。その成果は、天守はなぜ人が登れる高層建築なのかという日本建築史の原初的問いに答えるものであり、各地で進められる城郭天守の保存活用復原の基礎資料として多方面に寄与するものである。
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Outline of Annual Research Achievements |
2023年度は、松本城、名古屋城、小田原城、江戸城、安土城、丸岡城、彦根城、駿府城の天守、天守跡、資料調査を実施した。天守の階段の位置と祭祀空間は関係し、階段から遠い位置に祭祀空間が置かれることが確認できた。 松本城天守(1597)最上階には、梁の上に二十六夜社が祀られる。1618年から毎月26日に行われた二十六夜待で、米3石3斗3升3斗を炊いて供え、東の山に上がる月を待った。天守最上階から東に、袴腰山、王ヶ頭、茶臼山が見える。最上階の間取りは、東方を遥拝できるように階段が北東につく。 名古屋城天守(1615)は、最上階が6×4間(48畳)の広さで、南北に細長い長方形で4室に分かれ、北東の部屋に階段で上り、北西、南西、南東の順に三の間、二の間、一の間の構成だった。金城温古録によると、南東の部屋に箱が複数置かれ、開かないように封がされ、置く向きも決まっていた。これらは、名古屋城鎮守の三ノ丸天王社、東照宮、若宮八幡宮と関係があると思われる。 丸岡城天守(1623以降)は、3階まで登る階段が部屋の隅に急勾配で設けられ、各階になるべく広く内部空間を設けようとする。3階の階段を上がって正面は東で、元和図には東の山が描かれる。 彦根城天守(1606)も、3階まで登る階段が部屋の片方に急勾配で設けられ、各階にはなるべく広く内部空間を設ける。周囲に天守を眺める井伊神社(初代・2代を祀る)や観徳殿(11代を祀る)がある。天守にも祭祀施設があったことを予感させる。 駿府城は、1585~1590、1607~1616に徳川家康が居城し、1610年に天守が完成した。天守台の石垣広さは68×61mで、江戸城天守台の1.5倍以上の規模をもち、天守は5重7階だったとされる(1635焼失)。天守から富士山も見える。最上階の祭祀空間可能性は充分にあり、家康が崇拝した摩利支天社を祀る静岡浅間神社などを確認した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
5年の研究期間に30箇所の天守の現地調査を予定している。2023年度は8箇所の天守の現地調査を実施した。天守的建築の類例として慈照寺銀閣、鹿苑寺金閣も調査した。臼杵城、福岡城、佐賀城、熊本城を見る機会にも恵まれた。よって、順調に進展している。 研究実績の概要で述べた他に、次の情報を得た。今後の調査対象である。 臼杵城天守に掲げられていた扁額「勝安穏城」は東光寺に残る。 福岡城は天守の代わりに祈念櫓があった。祈念櫓は本丸の鬼門を守護する櫓の伝承をもつ。祈念櫓2階に黒田長政(福岡藩初代藩主)寄進の十二天の画幅と、祈念櫓月並護摩供本尊の画幅が安置されていた。他に、四天明王像の四幅、星曼荼羅、十六善神像の画幅があった。祈祷は吉祥院が担った。吉祥院は、福岡城築城時に地鎮の修法も行った。吉祥院は、警固神社の神宮寺であった(警固神社の北隣の敷地にあった)。吉祥院は、神仏分離令で失われたが、現在の警固神社の場所にあった。現在、祈念櫓にあった画幅を探索中である。
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Strategy for Future Research Activity |
2024年度は、前年度に引き続き、天守の調査を実施する。 中国・四国地域の、萩城、松江城、姫路城、広島城、高松城、丸亀城、今治城、松山城、宇和島城、松山城、大洲城、高知城などを予定する。 2023年度の成果から、天守最上階が祭祀空間ならば、階段の位置と内部空間の確保に関係のあることが明らかになった。注目しながら、現地調査と資料調査を実施する。また、祭祀空間に安置された画幅などは、後世に藩主の菩提寺に移された事例が多かった。現地調査の際に合わせて探索する。
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