Research Abstract |
日本の商取引の伝統はおびただしい種類の"言語"を生みだしてきた. 流通業界のなかでは, もっとも近代的なよそおいを整えたデパートでも, 業務連絡用の隠語や売り上げ目標達成の表示のために音楽が使われたりしている. 卸売り段階をみると今日でも相対取引が一般的で, そこでは金額, 品名などを示すために, 各業界, 各地域, 各店舗に独特の隠語的な符丁や身ぶり語がおこなわれている. セリでは, 近年黒板や電飾板にかえられている業界もあるが, 仲間(会員)がかぎられていて, 支払いの時期や方式などについて完全な合意があるところでは, いまでも手ぶりなどの符丁によって取引がなされている. しかし, そのセリにも地方差が少なくなく, たとえば東京では買い手が値をせり上げていく「せり上げ」式が多いが, 大阪の青果市場などでは一発で決める入札方式で, 懐に入れた手の指の形と位置で値を指し示す. それらの手ぶりは一見すると簡単なパターンから成るが, わざわざ混同しやすいように作られているようにみえるのも, 隠語的性格をつよめるためだろうと思われる. 商取引の成立時には, 手打ちなどの儀礼的身ぶりもしばしばみられるが, これもきわめて多様で, その起源や歴史的変遷, さらには本館のHRAF資料に拠って諸文化との比較検討などの研究作業をすすめている. 商慣習のひとつの集大成ともいえるのが, 証券取引所の立会における売買手法と価格形成の形態である. 現在では特定銘柄について, 立会場代表者の前で, 売手と買手が同時に同一場所に集合して手ぶりと発声によって売買の約定をおこなういわゆる撃析売買はおこなわれていないが, 値段, 数量, 銘柄, 会員名などを示す手ぶりは依然立会の言語である. これには性的合意のある身ぶりが少なくないのは示唆的である. 市場による差違や商品取引の伝統との関連を調査継続中である.
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