Research Abstract |
日本海溝は後面に大陸棚斜面を通して, 陸地あるいは浅海, 海嶺域と連結し, 前面は平均深度6000mの大洋底に連らなる空間であって, 化学物質の輸送が鉛直方向ばかりでなく, 水平方向にもおこる点で興味深い. 本研究は, 日本海溝の最南端, 三重点付近の海域にセジメントトラップを設置し, 得られた沈降粒子試料の化学物質, 特に有機物組成の変動から日本海溝における物質輸送の特徴を把握することを目的とした. 日本海溝の観測点(34°10.4'N, 141°58.9'E, 水深9200m)の深さ8,798mに, 1986年8月30日から1987年5月4日まで, 時系列型セジメントトラップを設置した. この間, 19日毎に沈降粒子を採取し, 全質量, 有機炭素及び有機窒素, 糖, 脂肪酸などのフラックスを実測した. 日本海溝における全質量フラックスは0.091-0.17gm^<-2>日^<-1>, 有機炭素フラックスは1.83-3.52mgCm^<-2>日^<-1>であり, 秋から初冬にかけて高く, 冬から春にかけて低いと言う顕著な季節変動を示した. 深層水における有機炭素フラックスは鉛直方向に顕著な減衰を示すが, その減衰係数は検討した全ての海域においてほぼ同じで, 平均0.34Km^<-1>であることを認めている. これを日本海溝域に適用するならば, 1Km深さにおける有機炭素フラックスは28-54mgCm^<-2>日^<-1>となる. これらの値は1Km深さにおける外洋域の結果に比して約1ケタ高い値である. 取扱った房総沖の日本海溝三重点付近における基礎生産量は黒潮海域と同様に, むしろ低い値である. この点から判断するならば, 日本海溝底層付近での有機炭素フラックスの大きな値は海溝斜面を通して, 低地に移動した有機物粒子に依るものと思われる. すなわち, 海溝域での物質輸送には, 海洋表層から沈降して来る粒子の他に, 一旦周囲の海溝斜面に沈積した粒子が再び移動する場合があり, 特に海溝における化学物質の鉛直輸送には後者の寄与の大きいことが示唆された.
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