Publicly Offered Research
Grant-in-Aid for Transformative Research Areas (A)
我々の生命活動の多くを司っている中枢神経は、構成される領域の多様性を持つことでその多彩な機能を発揮している。領域ごとの多様性は更にそれを構成する細胞の多様性によって成り立ち、特にグリア細胞における多様性に近年注目が高まっている。申請者はこれまでに視床下部・大脳皮質の各領域においてアストロサイトの活動指標として考えられているカルシウム興奮によって惹起される遺伝子発現変化を解析してきた。本計画ではアストロサイトのカルシウム興奮に起因する遺伝子発現変化に着目して、脳領域特異的アストロサイト機能とカルシウム興奮の関連を明らかにすることでアストロサイト多様性の生理学/病理学的意義を解明することを目指す。
これまでに着目してきたアストロサイト機能やその多様性について、アストロサイトの活動指標であるカルシウム興奮を人為的に導入するマウスの開発・使用によって視床下部や大脳皮質に特異的な機能を見出したが、その機能的多様性の生理的意義については依然として不明であった。そこで2023年度はその活性化によって体温制御に異常が生じる視床下部アストロサイト刺激マウスを用いたscRNA-seq解析を行い、各細胞種クラスターにおいてアストロサイトカルシウム応答依存的に発現が変動する遺伝子群の同定及び定量PCRと免疫組織化学染色による確認実験を行った。scRNA-seq解析から更に初期応答遺伝子の発現に着目してアストロサイトカルシウム応答活性化に応答する神経細胞マーカー遺伝子群の絞り込みも行った。これらの結果を元に解析を継続することで体温制御に関わるアストロサイト亜集団の特異的な細胞機能やそのマーカー遺伝子、あるいは発熱制御に関わる神経の新たな機能制御機構が明らかになる可能性がある。また、小脳失調症状を示す小脳特異的グルタミン酸輸送体欠損マウスを用いたscRNA-seq解析も並行して実施した。このマウスでは重篤な運動障害(麻痺、ジストニア、協調運動失調)を示すがプルキンエ細胞の細胞死などは伴わないため、これまでの小脳失調モデルでは細胞死を起こしているために解析が困難であった運動障害発生時のプルキンエ細胞などの神経細胞での遺伝子発現変化を解析することが出来た。絞り込みを行った遺伝子群については現在同マウスをもちいてその評価実験を実施している。
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
当初計画で予定していた実験のうち、特定脳領域アストロサイト選択的DREADD発現マウスを用いた、体温制御機能に影響が見られる脳領域特異的なアストロサイトカルシウム応答により誘導される遺伝子発現変化の同定をscRNA-seqにより実施した。アストロサイトクラスター自身ならびに各種神経細胞クラスターにおいて発現変化が起きている遺伝子群、また初期応答遺伝子群発現により可視化されたアストロサイト興奮応答性神経細胞クラスターの同定からそのマーカー遺伝子候補群の絞り込みを実施した。これらの遺伝子群については現在その評価実験を実施中であり、scRNA-seq結果との整合性の見られる有力な候補遺伝子の同定に成功し次第、次の段階であるin vivo CRISPRを用いた発現制御実験へ進む予定である。一方、大脳皮質アストロサイトについては研究代表者の転属などの影響から遺伝子改変マウス生産状況の都合などから実験の実施が遅れているが、こちらについても年度の後半からコロニーの拡大を再開したため順次実施している予定である。上記の通り状況を総括すると進展については概ね順調であると考えている。
2023年度に行った視床下部アストロサイトカルシウム応答活性化マウスでの解析結果によって絞り込まれた各遺伝子群について、その発現変化の抑制がアストロサイトによって制御される生理機能へどのような影響を及ぼすか解析する。カルシウム興奮依存的に発現が上昇する遺伝子群についてはレンチウイルスを使ったin vivo CRISPRノックアウトを活用して異なる複数の組み合わせの候補遺伝子群を同時にノックアウトすることによって、候補遺伝子群の中から実際にそれぞれの生理応答に寄与している標的遺伝子の同定を試みる。具体的には、候補遺伝子群を複数のグループに分割し、GecKOライブラリなどの公知のCIRSPRノックアウトライブラリからそれぞれの遺伝子に対するノックアウトレンチウイルスベクターのプールを作成、それをカルシウム興奮誘導マウスのそれぞれの脳領域へインジェクションし、候補遺伝子群の領域特異的欠損マウスを作成する。このマウスに対して、カルシウム興奮を誘導した場合に、これまでに観察された唾液分泌や体温上昇などのアストロサイト機能が阻害されるかを観察する。アストロサイト機能が阻害されるベクタープールが同定された場合は、更にプール内の遺伝子について個別にノックアウトと観察を行い、カルシウム興奮によるアストロサイト機能の標的遺伝子であるかを評価する。同様に、カルシウム興奮依存性に発現が低下する遺伝子群については、アデノ随伴ウイルスベクターを用い、アストロサイト特異的プロモーター制御下に各遺伝子を接続した発現ウイルスベクターによってその発現を代償し、上記解析同様にアストロサイトカルシウム興奮による生理機能応答がどのように影響されるかを解析する。