2021 Fiscal Year Annual Research Report
顕微技術を駆使した計測と制御による細胞構造のしなやかさの高精度解析
Project Area | Elucidation of the strategies of mechanical optimization in plants toward the establishment of the bases for sustainable structure system |
Project/Area Number |
18H05493
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Research Institution | Nara Institute of Science and Technology |
Principal Investigator |
細川 陽一郎 奈良先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 教授 (20448088)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
安國 良平 奈良先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 助教 (40620612)
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Project Period (FY) |
2018-06-29 – 2023-03-31
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Keywords | 原子間力顕微 / フェムト秒レーザー / フォースマッピング / 顕微細胞操作 / 液胞制御 |
Outline of Annual Research Achievements |
AFMによる植物細胞の外力に対する力学特性の調査をすすめ、その力学特性を理解するために従来からAFMの力学解析に広く用いられているヘルツの接触理論が適用できないという結論に至った。ヘルツの接触理論では、探針の接触部の試料が探針の形状に沿って凹むことを仮定し、試料の弾性率を求めるが、植物細胞は、試料表面で細胞壁が突っ張った梁状の構造であり、これに探針を押し付けた場合、探針の接触部のみでなく、細胞壁全体がたわむ。さらに細胞壁は、液胞による膨圧により張力を持った状態になっており、このような複雑な状態をヘルツの接触理論で表現することはできない。そこで我々は、川口班、出村班(津川)と共同し、AFMで計測される試料の凹みと梁のたわみの関係を、弾性シェル理論により解析する手法を考案した。AFMにより植物細胞のフォースカーブ(外力に対する細胞壁のへこみ曲線)を計測することにより、外力に対して細胞壁の弾性と膨圧をバランスするバネ定数を得ることができる。さらに植物細胞表面の凹凸像(トポブラフィー像)をAFMにより計測することで、膨圧による細胞壁の膨らみを知ることができ、細胞壁の曲率が細胞壁の弾性と膨圧のバランスを示す定量地となる。弾性シェル理論に基づき、バネ定数と細胞曲率から、細胞壁の弾性率と膨圧を定量する連立方程式を考案し、そこで得られた値は、有限要素法に基づくシミュレーションで得られる値と極めて良い一致を示した。弾性シェル理論に基づく方法で得られた弾性率は、ヘルツ理論により求められる値よりも100倍程度大きくなった。ヘルツ理論により求められる値は細胞壁の面外方向の弾性率が反映されており、弾性シェル理論では細胞壁の面内方向の弾性率が求められていると考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
先端形状の異なるAFM探針を用いてタマネギ表皮細胞のフォースカーブ測定し、均一な固体材料を解析するヘルツモデルによる弾性率評価が適用できないことが明らかになった。AFM探針の接触部だけが凹むと仮定して、そのときの固体材料の弾性率を推定する方法がヘルツモデルであるが、植物細胞においては、硬くて薄い梁状の細胞壁が凹むのではなく撓み、その撓みは細胞内の膨圧に影響される。そのため、植物細胞で測定されたフォースカーブは先端形状には依存せず、ほぼ同じ曲線を示す。そこで、この植物細胞で得られるフォースカーブを解析することに最適化した弾性シェルモデルを構築することを試み、上記の実験結果、理論の結果、数値シミュレーションの結果の整合性がとれるところまでに至った。弾性シェル理論に基づく方法で得られた弾性率は、ヘルツ理論により求められる値よりも100倍程度大きくなった。ヘルツ理論により求められる値は細胞壁の面外方向の弾性率が反映されており、弾性シェル理論では細胞壁の面内方向の弾性率が求められていると考えられる。これまでの類似研究で、細胞壁の弾性率の異方性について注目した研究はなく、本研究による実験と理論に基づく研究により、細胞壁の弾性率の異方性が示された。一方で、弾性シェル理論により求められる膨圧は、プレッシャープローブを用いたシャジクモの節間細胞における実測値、およびタマネギ細胞で推定されているものよりも一桁程度小さいものであった。弾性シェル理論において、膨圧が高効率に細胞壁の張力に変換される場合、小さな膨圧でも細胞構造を支えることができることになる。構築された理論において、この変換率は細胞壁の縦方向と横方向の曲率の差でのみ考慮されているが、細胞壁の面外方向の弾性率、細胞膜や二次細胞壁の構造など、この変換率を低下させる要因が多数あり、それらを考慮することの重要性が示唆されている。
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Strategy for Future Research Activity |
今後、植物細胞のために最適化された弾性シェル理論を実証するための実験をすすめていく。これまでの研究で定式化された弾性シェル理論を用いることで、フォースカーブから得られる細胞壁のバネ定数とAFMトポグラフィー像から得られる細胞壁の曲率より、細胞壁の弾性率と細胞内の膨圧を求めることができる目処が立っている。細胞内の膨圧は、浸透圧調整や細胞壁へのレーザーによる穴あけで調整することができ、細胞壁の弾性率は細胞壁を分解するペクチンなどの酵素などを用いることで調整できる。これらで膨圧や細胞壁の弾性率を調整したときのフォースカーブとトポグラフィー像を計測し、得られる実験パラーメーターを弾性シェル理論に適用し、予測と一致するかを検証していく。タマネギ細胞のみではなく、領域内外の研究班と共同し、遺伝子改変したシロイヌナズナの細胞を用いて同様の実験をすすめていく。さらに、引っ張り試験やプレッシャープローブなどのマクロスケールの実験が可能な数cmのサイズを有するシャジクモの節間細胞を用いて、膨圧を実測し、膨圧と面内方向と面外方向の弾性の弾性の関係を検証していく。これらに弾性シェル理論を適用し、これまで極めて困難(不可能)であった様々な植物細胞の細胞壁の面内方向の弾性と細胞内の膨圧を予測できるようにする。また、原形質流動が細胞の外力応答に影響を与えることを示唆する結果が得られており、その影響の起源について探索していく。我々の実験と理論により得られた結果は、植物細胞の硬さとしやなかさを司る要素は、細胞壁の面内方向の弾性率と膨圧とのバランスであることを示唆している。今後、上記の実験により構築した理論の検証を深め、構築された方法の実用性と汎用性、および適応範囲を検証していく。
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