Research Abstract |
本年度は,平成二年五月に発表した論文「世紀末・バルト海・白い船ーリルケの小品『声』を読む」において,世紀転換期のプラハ市民がよく利用していたバルト海沿岸の海水浴場をとりあげつつ,その文学上のトポスとしての意味を考えることからスタ-トしたが,しかし,これは,事実上,前年度の研究成果に属するものであった。すなわち,プラハの墓地において,リルケとカフカの文学における同様のトポスを追求した,その延長線上にあったのである。それにたいして,今年度は,そうした個別的なトポスを包摂する,より大きな文学ー都市空間の把握をめざしたが,この志向は,平成三年二月,三月に発表した「バベルの都(上)ーカフカとマウトナ-」,「バベルの都(下)ーカフカ・ペルッツ・マイリンク」と題した二論文において,一定の成果をあげることができた。すなわち,まず第一段階として,カフカの未完の小説『あるたたかいの記』を具体的なテクストとして,マウトナ-の言語思想との比較を展開し,唯名論ー実在論の対立という,中世哲学のパラダイムを利用して,カフカのテクストに含まれている認識論的,言語批判論的な契機を強調した。さらに第二段階として,当時のプラハ市内でさかんにおこなわれていた家屋の取り壊し,新築の実態を調べつつ,認識の範疇のごときものとしてとらえられている都市空間の崩壊を,都市論的な射程のもとに把握することにつとめた。今後の研究課題としては,世紀転換期のプラハ市内の街路照明,メタファ-としての病気,交通機関の発達,アメリカへの移住といった,ふたたび個別的な主題をとりあげる予定であるが,その際には,今回,設定した枠組が十分に役だつことであろう。
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