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1991 Fiscal Year Annual Research Report

木津川上流域(三重県淀川流域圏)林業の成立と展開

Research Project

Project/Area Number 01560162
Research InstitutionMie University

Principal Investigator

笠原 六郎  三重大学, 生物資源学部, 教授 (20024531)

Keywords林業史 / 三重県林業 / 木津川
Research Abstract

当地方は8世紀には東大寺・興福寺の杣がおかれ、寺院建築用の補助材が切り出され木津を経て奈良に送られている。また、11世紀には内宮遷宮用材が神宮杣から提供されている。これらの史実から当地方は、林業先進地であろうとの予見のもとに研究に着手した。しかし、結論としては予見に反し、三重県内ではむしろ後発に属することが判明した。
すなわち、(1)森林は早くから利用されはしたが、長く採取利用段階にとどまっていた。(2)杣人達は農地を拡大し、広大な林地が農用資材採取の入会地に供され、森林は減少・荒廃した。(3)藤堂藩は国防を第一としたので林産物の商品化は抑圧され、林業の成立が阻害された。
そのため、本年度は明治以降の展開に的をしぼり研究を進め、概ね次のことを究明した。(1)森林が回復のきざしをみせるのは1900年代になって入会林野が解体された以後のことである。(2)公有林に対する政策造林、分割所有した農民による造林により、森林資源は次第に成熟し、1932年には全国で53位の木材生産地に位置づけられている。(3)それに伴い、大正期に始まった製材業も昭和初期には製材産地としての基盤を確保する。(4)両者の間にあって素材生産・販売を担ったのは木材市売市場で、木材統制下で一時中断するが戦後全国に先がけて復活し、現在は年間9万m^3を扱い、素材の流通の中核となっている。(5)人工林率は57%、その1ha当たりの蓄積も194m^3に達しているが、所有者の98%が10ha未満の農民的所有構造に変わりはない。(6)約90工場の製材業は年間13万m^3の原木を加工し、有数の山元製材産地を形成している。
以上の過程を究明したことにより、本研究が課題とした『三重県林業史』の空白部分をほぼ埋めることができた。なお、研究成果は400字詰原稿用紙202枚にまとめ、目下印刷中である。

URL: 

Published: 1993-03-15   Modified: 2016-04-21  

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