1991 Fiscal Year Annual Research Report
近世期私塾の人間形成ー松下村塾生92名の追跡調査を中心に
Project/Area Number |
03610125
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
海原 徹 京都大学, 教養部, 教授 (00026824)
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Keywords | 政治結社的私塾 / 塾風 / 実利・実用主義 / 政治的人間 / 海外留学 / 技術系官僚 / 政治的党派 / 成功者 |
Research Abstract |
本年度研究テ-マに関して得られた知見は以下のとおりである。1.ほとんど無名の市井人として生きた30名全体の32.6%のうち、故郷に帰った者が10名いるが、家業を継いだのは医者4名、僧侶1名、作陶家1名。他は小学校長、村議などで終わった。もと士族の多くは、県の下級官吏や教員の職についたが、志を得ず、北海道へ移住した佐々木兄弟のように、県外へ脱出したものも少なくない。2.消息不明のリストから外された多くは、維新前後に養子縁組や改名の事実が判明した人びとであり、また早い時期に死没したものも若干いる。3.墓碑、過去帳の追跡により直系子孫の生存が2件確認されたが、僧観界の場合は自筆の史料を入手した。4.政治的反乱、刑罰関係の史料から、従前隠匿されていた情報の判明したものが2名いる。5.長崎や大村益次郎塾などで蘭学を学び、海外留学を希望したものが多数いる。松浦のアメリカ行は挫折したが、伊藤ら12名の場合は実現した。選抜から漏れた福原ら4名を合わせると、計17名、実に全体の18.5%に達する。工学方面に進んだものが多く、帰国後も技術系官僚の道を選んだのは、実利・実用を重んじたかつての塾風のゆえだろうか。6.成功者といわれる人びとは、討幕運動の中から浮上した政治的覚派に属したが、多くは軽輩であり、家格の高い中士以上の人びとは早晩脱落した。7.教職の経験者は8名程度しか確認できないが、東京職工学校長正木退蔵のように、志願者に勉学の目的を尋ね、また師弟の会食を日常比するなど、往昔の塾風をそのまま踏襲したものもいる。8.政界や官界への進出がめざましいが、伊藤、山県らのような閣僚経験のある6名、県知事クラスの4名を含め、旧師の意志をどれだけ継承したかというと、甚だ疑わしい。松陰の期待した人民の友たる経世家に程遠い圧政者に属する人びとが多く、世俗的意味での政的人間=政治家や官僚という範畴にとどまった。
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