1991 Fiscal Year Annual Research Report
インド・インドネシア教育交流史の研究ーヴィスヴァバ-ラティとタマン・シスワの関係を軸としてー
Project/Area Number |
03610134
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
弘中 和彦 九州大学, 教育学部附属比研, 教授 (30000053)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
山本 須美子 九州大学, 教育学部附属比研, 助手 (50240099)
西村 重夫 九州大学, 教育学部附属比研, 助教授 (90132422)
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Keywords | 教育交流 / 民族教育 / インド / インドネシア / 留学生派遣 / タゴ-ル / デワントロ |
Research Abstract |
本研究では、それぞれインドとインドネシアを代表する民族教育機関であるヴィスヴァ-ラティとタマンシスワを取り上げ、両者の関係を通して、インドとインドネシアの間に独立前すでに緊密な教育交流が認められることを明らかにした。 ヴィスヴァバ-ラティは、インドの詩聖ラビンドラナ-ト・タゴ-ルが1918年にシャ-ンティニケタ-ンに創設した教育機関であり、真の教育は人の生活を宇宙の全存在と調和させることにあるとする考えのもと、自然、人間環境、国際関係の三要素を重視する点に特色がある。一方のタマンシスワは、インドネシアの教育の父と呼ばれるキ・ハジャル・デワントロが1922年にジョクジャカルタに設立した教育機関であり、ジャワ古来の寄宿塾プサントレンの全人的教育の理念にタゴ-ルの人間理念とモンテッソ-リ、フレ-ベルらの児童中心主義の教育観を組み入れた教育原理をもつ。 1927年にタゴ-ルがタマンシスワを訪問したことが契機となって、ヴィスヴァバ-ラティとタマンシスワの関係は緊密になり、両教育機関の間に留学生の派遣を中心とする教育交流が活発化した。また、タマンシスワにおけるタゴ-ルの教育理念の摂取、ヴィスヴァバ-ラティの採用したインドネシアのバティックやガムラン音楽のインドへの普及など、教育流流は多面的であり、それが両国のその後における教育発展ならびに交流の原動力となっている。
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[Publications] 弘中 和彦: "インド女子大学の誕生ー近代における日印教育交流の一断面." 戦前日本のアジアへの教育関与(国立教育研究所紀要). 第121集. 1-17 (1992)
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[Publications] 山本 須美子: "日本における華僑教育に関する教育人類学的考察ー神戸中華同文学校の事例を中心にー" 九大比較教育文化研究施設紀要. 43号. (1992)
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[Publications] 権藤 与志夫 編,弘中 和彦: "世界の留学一現状と課題(インドー海外留学の誘因と動態,分担)" 東信堂, (1991)
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[Publications] 弘中 和彦: "広島大学大学教育研究センタ-高等教育研究叢書11『アジア8か国における大学教授の日本留学観』,インドから見た日本留学(分担)" (1991)
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[Publications] 弘中 和彦: "九州大学公開講座23『九州のなかの世界』,インド女子大学の創設と日本(分担)" 九州大学出版会, (1991)
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[Publications] 権藤 与志夫 編,西村 重夫: "世界の留学ー現状と課題(インドネシア人の留学,分担)" 東信堂, (1991)