1991 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
03610232
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
高田 時雄 京都大学, 人文科学研究所, 助教授 (60150249)
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Keywords | 敦煌 / チベット / 言語併用 / 漢語史 |
Research Abstract |
今年度の作業は主として10世紀敦煌におけるチベット・漢の二言語併用の問題の解明にむけて、資料の収集と分析とに充てられた。敦煌発見の写本中にはチベット文字で書かれた漢字写本があわせて20種近くあって、本研究代表者はかねてより、その収集と研究に従事してきたが、とりわけ近年においてはロンドンのIndia Office Library所蔵「長巻」(The Long Scroll)を研究の主たる対象としている。「長巻」とは、漢語による禅の教理問答や各種の讃文をチベット文字のみで連写した長巻子であるが、これらのテキストの種類および音写形式のありかた等から判断して、明確に10世紀の産物であると認定できる。したがって、「長巻」は他の10世紀に書かれたであろうと考えられるチベット文字書写漢文文献とならんで、10世紀敦煌におけるチベット・漢語の二言語併用社会の貴重な資料となる。この写本に連写されたテキストは、すぺて僧侶の日常生活に不可決のものであって、実際に日々の僧院生活で用いられたものである。ということは、この写本巻子の使用者が口頭では漢語を用いてそれを理解しながらも、文字使用の上ではチベット文字のほうを選択したことになる。チベット文字で書かれた漢文写本は、かつて考えられていたように、漢語に未熟なチボット人が造ったものでは決してなく、むしろその背景にチベット語チベット文字を採用した漢人社会の存在を想定するのがより妥当であると考えられる。このような10世紀における藏漢双語社会の存在は、チベット文字書写漢文文献のみならず、チベット文字で音注を施した漢文文献や、漢人社会に特有の社会組織である「社」に関するチベット語文書、そしてチベット語による、これも漢人に特有の五姓説に関するチベット語文献など、さまざまな資料によっても想見できる。
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