2003 Fiscal Year Annual Research Report
マーシャルプランをめぐるアメリカ国内利害集団と政府
Project/Area Number |
03J04473
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
河崎 信樹 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(PD)
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Keywords | マーシャルプラン / ハリマン委員会 / A・W・ハリマン / 経済協力局 / トルーマン政権 |
Research Abstract |
本年度は、マーシャルプランの成立プロセスに大きな影響を与えたトルーマン大統領によって設立された3つの委員会(ハリマン委員会、クルーグ委員会、ノース委員会)の分析を、アメリカ議会資料(国会図書館蔵)及び、A・W・ハリマン文書(アメリカ議会図書館蔵)を主に用いて分析した。 これら3委員会の中で、最も重要かつ巨大なものはハリマン委員会である。ハリマン委員会では、それ以外の2委員会と比して、民間、特に多国籍企業や銀行業務に従事していた人物が数多く参画している。ハリマン委員会は、基本的にアメリカによる対ヨーロッパ援助を擁護する論陣を張ったが、重要な点は、援助の実施機関として経済協力局(ECA)の設置を要求した点である。 ハリマン委員会は、その報告書の中において、援助の実地機関の形態に関して、詳細な検討を行っている。援助を実施するにあたって、自らの意思を的確に実現するために有利な形態を実現するためである。その結果、新しい半官半民の機関を設置し、民間人を政策プロセスに送り込みやすいスキームを要求した。この要求は、最終的に実現されることになる。 こうした機関を要求する背景としては、1930年代以降の民主党ニューディール政権と民間企業家との対立の歴史が存在する。そこから生じる不信感が、ECAのようなスキームを要求させたと考えられる。ECA設立の結果、援助政策をめぐる政府と民間との協調が、その最も重要な援助の実施プロセスにおいて確保されることになった。そうした担保を確保した上で、民間企業家は、マーシャルプランがアメリカ社会で受容されるように、活発な活動を行うことになったのであった。 この委員会を主催したA・W・ハリマンは、当初からニューディール政権に対して融和的な立場を取る数少ない民間企業家の1人であった。彼は、この委員会を通じて、民間企業家を大量にマーシャルプランの政策決定プロセスに取り込むと同時に、政府に対して民間企業家との協調体制の確立を要求した。そうした意味で、ハリマンが、マーシャルプランの実施プロセスであるハリマン委員会において果たした役割は、アメリカにおいて存在していた政府と民間企業家との潜在的な対立に終止符を打つものであったともいえる。
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