Research Abstract |
損傷の微視的・系統的検査法の確立を目的とし,法医剖検例において見られる種々の損傷について,手術用双眼顕微鏡を用いて,いわゆる“in-situ"の状態で,損傷検査を行なった. 1.表皮剥脱:“epidermal tag"と呼ばれる表皮が真皮から剥がれてめくれ上がり,その一部分が付着・残存した部分が明瞭に観察され,それにより,外力の作用方向が推定できた.2.挫裂創:創縁は不整であり,肉眼では観察が困難な僅微な表皮剥脱が明確に認められた.このことは,鈍体が直接皮膚に密着して直接作用したことを示しており,裂創との鑑別点となった.また,鋭器損傷(特に切創)との鑑別上重要である,創洞内に神経や血管による組織架橋も明瞭に観察された.3.索溝:索溝部と健常部とが明瞭に区別でき,索状物の表面性状や硬さなどを推定するのに有用であった.また,法医学上,重要な生活反応である索溝内の間稜出血も明瞭に観察された.4.刺創:出刃包丁等のいわゆる有尖片刃器による刺創において,刃部による損傷と刀背部による損傷が区別可能であった.すなわち,刃部側の創角は鋭角的で,創縁は整であり,周辺健常部との皮野の連続性は,良好に保たれていた.それに対して,刀背側の創角は鈍角的で,創縁には僅微かつ不整な表皮剥脱や切れ込みが認められた.5.切創:刃部が非常に薄い刃器による切創では,創縁は整で,両創角は鋭角的であり,創洞内に組織架橋は認められなかった.したがって,前述の挫裂創や刺創との鑑別が容易で,かつ客観的に行ない得た.6.その他:死後変化の進んだ死体における,肉眼視が困難な陳旧な創傷治癒痕の観察に応用し,それに基づき個人識別をなし得た.さらに,皮膚損傷のみならず外傷性クモ膜下出血の出血源(長さ1ミリ程度)や,心筋梗塞における冠状動脈の閉塞程度や狭窄部位などの法医死因論上,重要な小血管の変化を,より正確に観察し,所見を記録・保存することにも有用であった. 以上,手術用顕微鏡を用いることにより,肉眼のみでは判断し難い損傷や病理学的変化についても,より精緻かつ客観的判断が可能となり,成傷器やその作用機転,あるいは死因上の意義を評価する上で極めて有用であった.
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