1992 Fiscal Year Annual Research Report
江戸の旗本屋敷の都市史的研究-屋敷構成と武家他の都市設計-
Project/Area Number |
04650576
|
Research Institution | Nippon Institute of Technology |
Principal Investigator |
波多野 純 日本工業大学, 工学部, 教授 (40049721)
|
Keywords | 江戸 / 旗本屋敷 / 都市史 / 都市設計 / 武家他 |
Research Abstract |
本研究は、江戸の武家地を構成する重要な要素である旗本屋敷について、主屋の平面、屋敷地内における各建物の配置、さらに屋敷地割について、近年公開された『旗本上ケ屋敷図』を基本史料に具体的に分析し、江戸の武家地の設計方法および都市景観を明らかにすることを目的とする。平成4年度は、史料収集および史料性の検討、史料内容の具体的把握の段階で、以下の成果を得ている。 1.『旗本上ケ屋敷図』所収の131の旗本屋敷のうち70について、その所在地を明らかにし、地図上にプロットした。この結果、70のうち63が江戸城の西から北の番町・飯田町・小川町・駿河台に所在し、旗本屋敷集中地域が確認されるとともに、本史料の性格の一端が窺えた。 2.旗本屋敷が集中する地域について、明治19年の『東京五千分壱実測図』を基にすると、番町や駿河台は自然の地形の等高線に沿って道路を通している。いっぽう、小川町・飯田町は平川の旧河道と絡む複雑な地形のため、道路の原則的配置はみられない。 3.番町・駿河台における道路配置は、京間60間(1間=6尺5寸)を基本単位とし、それを背割線によって半分に、割るため、屋敷地の奥行は30間となる。また、一部には京間50間を基本単位とする地域があり、この場合には屋敷地の奥行は25間となる。 4.『旗本上ケ屋敷図』所収図面の各屋敷地の間口・奥行は、ある程度のばらつきをもちながらも、上記同様の結果が得られる。ばらつきの原因は、屋敷地の背割線が地形上の段差にあたるためと考えられる。 5.以上の結果は、旗本屋敷の規模を定めた寛永2年(1625)の規定とよく一致する。
|