Research Abstract |
人類進化上最も長期にわたって継続されてきた前期・後期旧石器時代の石器資料は,人類初源の実相を明らかにする上で欠くことのできない分析対象である.中でも石器に用いられてきた石材は初期人類の対象物に対する認知構造,知識獲得,知識表現,概念形成の発達過程等,心的様態に関する数多くの情報を内包している可能性が高いことから,近年特に認知科学の分野からも注目され議論され始めている.しかし現在までのところ,これら石器石材に関する研究は,材料表面の肉眼観察に基づく岩石学的分類もしくは主観的な記述に基づく論考が主流を占めており,材料の客観的かつ定量的評価方法の必要性が国内外で叫ばれているにもかかわらず,その評価方法はほとんど確立されていないのが現状である. 以上の問題点を踏まえ,当研究では後期更新世人類が石材を選択する際,対象をどのように認識し,またどのような基準で選択・利用していたのかを解明するため,材料科学的分析手法を用いて実際の後期旧石器遺跡出土資料の解析を行った.その際,石材物性が石器製作に与える影響,さらに材料特性が石器の切削性能に与える影響に特に注目し検討を行った.具体的には3点曲げ強度試験,マイクロビッカース硬度試験,X線回折分析,エネルギー分散型X線分光分析,走査型電子顕微鏡および透過型電子顕微鏡を用いて詳細かつ多角的に材料分析を行った. その結果,鉱物組成・化学組成および機械的特性,微構造の各点において,製作される石器に最も適した石材が限定的に選択・利用されていた傾向が指摘された.それらの中には現代のファインセラミックス材料や金属材料に匹敵する特性を持つ材料も含まれており,当時の高い材料選択能力を現す証左となった.以上の結果により,既に後期旧石器時代から,石器の製作および使用を念頭においた長期的な視座に立った石材選択が行われていた可能性を初めて実証的に提示した.
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