1995 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
06620003
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
森下 敏男 神戸大学, 法学部, 教授 (90107920)
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Keywords | 私的所有 / 社会主義 / 市場経済 / ロシア |
Research Abstract |
平成7年度は、社会主義の下で否定されていた「私的所有」概念が、脱社会主義化が進行中のロシアで容認され、復活する理論過程を分析した。 1985年にペレストロイカ運動が開始され、88年頃から私有を容認する議論が一部に登場する。そして90年のソ連邦とロシアの所有法によって事実上「私有」が認められるに至る。さらに91年のソ連邦の崩壊と社会主義の破産を経て、92年からは国有企業の私有化が始まった。このようにロシアにおいて、社会主義的所有制度から私有制度への歴史的な転換が生じたのであるが、その過程ではかり複雑な理論の屈折と概念の操作がみられた。 ロシアにおいて、社会主義下で諸悪の根源とされていた「私有」を理論的に容認することは、容易なことではなかった。そこで、当初は社会主義と両立するような私有に関する理論や概念が準備された。所有形態の「多様性」が説かれ、私有は多様な所有形態の一部にすぎないという議論、マルクスの「個人的所有」概念の再解釈、「非国家化」(私有化ではなく)の提唱、私有そのものと私有化の区別、株式会社の私有性の否定(株主の多数性を根拠に集団的所有形態とみなす)、私有と区別される「市民所有」概念の提唱などである。このような過渡的な段階を経て、91年までには私有概念は復活を遂げた。 こうしてそれまで私有を否定する根拠とされていた搾取論も逆転し、搾取の存在と所有形態には必然的な関連性はなく、むしろ社会主義ソ連においては先進資本主義諸国よりも苛酷な搾取が存在していたという主張が展開されるようになった。私有は、経済の活性化ばかりでなく、私的所有の主体たる者のみが自立した市民たりうるという点において、自由と民主主義の基礎でもあるとみなされるに至ったのである。ロシアにおける体制の転換に伴う私有概念の復活は、所有論を考察するうえで、貴重な歴史的素材を提供しているのである。
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