1995 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
07801051
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Research Category |
Grant-in-Aid for General Scientific Research (C)
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Research Institution | Meijo University |
Principal Investigator |
梶川 伸一 名城大学, 理工学部・一般教養, 助教授 (50194733)
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Keywords | 戦時共産主義 / 穀物調達 / 割当微発 / ボリシェヴィキ / 農民 / 労農同盟 |
Research Abstract |
ロシア10月革命により「ソヴェト体制」が成立したが、これは2月革命以来地方で実施された地方自治制度を解体させ、中央権力に地方権力を従属させる過程であった。これを促したのが、全国的飢餓状況であった。地方権力が現地に食糧を確保しようとする地方分離主義を清算し、工業中央部=労働者に食糧を保証するために中央集権体制が必要であった。これは革命当初の一定の地方の自立的ソヴェト運動を否定することを意味し、この意味で18年6月に導入される食糧独裁体制は新たな時代=戦時共産主義の開始であった。従来はこの時期は「政治=軍事的労農同盟」の時期と解釈されてきたが、そうではなく、食糧の獲得をめぐって都市プロレタリアと共同体農民の対立が尖鋭化する時代であった。ソヴェト史学ではクラーク反乱と認定されたこの時期の農民反乱は、共同体に基盤を持つより大衆的な農民の直接行動であった。農村内「階級闘争」を実現するために農村に設置された貧農委員会は、共同体で選出される場合には従来の農村権力とほとんど同一であり、また都市労働者により組織された場合にはそれらは、共同体から遊離し、実効的機能を果たすことがなかった。このようにして、18年末に明らかになったのは農村内「階級闘争」路線の失敗であり、そのためボリシェヴィキ権力は、「中農路線」を打ち出し、共同体農民全体からの穀物の汲み出しを余儀なくされた。これがその後実施される割合微発の制度であった。具体的資料によりこの過程を明らかにした。
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