2009 Fiscal Year Annual Research Report
古代日本における田制の構造と財政運用の実態に関する研究
Project/Area Number |
07J02453
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
小倉 真紀子 The University of Tokyo, 史料編纂所, 特別研究員(PD)
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Keywords | 日本史 / 古代史 / 土地制度 / 財政 |
Research Abstract |
日本古代律令制下に実施された田制を、従来のように全田地国有化の実現及び私的土地所有の制約という点を強調して見るのではなく、当時の中央政権が国家の統治を維持するために採用した制度として理解すべきと捉える視点から、国家財政に資した公田に焦点を当てて田制の特質を考察すると共に、公田の経営方法、並びに公田からの収穫物を基に形成された官司運営の財源である公廨の実態を検証した。 その結果、(1)日本の律令田制は、表面的には中国・唐の田制を多分に模しつつも、内実は大化前代の政治・社会体制を発展的に継承した中央政権の統治様式に適合するよう作成されたものであったこと、(2)日本田令に規定された「公田」は、班田後の剰余田である乗田のみを指したもので、口分田との互換性を有する唯一の田地であり、後に実社会で口分田が公田と称されるようになった理由も口分田が本質的には公田に包摂されるものであった点に求められること、(3)公田は賃貸借により経営され、耕作前の春に対価を徴収する方式を「賃」、秋の収穫後に対価を徴収する方式を「租」と称したが、公田の賃価・租価は口分田等の輸租田における賃価と同額であり、借田者にとっては耕作を請け負い易い条件となっていたこと、(4)国家統治の中枢機関である太政官、京に所在し中央行政を担った在京諸司、地方行政を担った国府及び大宰府に設けられた公廨の構成と運用方法は、それぞれの特性に合った形が採用され統一的ではなかったが、いずれの官司についても8世紀中頃の天平年間に集中的に整備されたこと、(5)公廨の設置・運用による経済的な利益を被ったのは史生以上の官人で、地方行政の場においては中央から派遣される人々であり、各地域土着の有力者が任じられた郡司は公廨の配分に与らなかったこと、等の結論を導き出すことができた。 以上の成果は、博士論文「日本古代における田制と財政の研究」にまとめ、東京大学に提出した。
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