1998 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
08451085
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Research Institution | Fukushima University |
Principal Investigator |
工藤 雅樹 福島大学, 行政社会学部, 教授 (30132004)
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Keywords | 平安時代 / 高地性集落 / 東北地方北部 / 蝦夷 |
Research Abstract |
今年度に発掘調査を行なった子飼沢山遺跡は西の海抜509、7メートルの子飼沢山の山頂一帯に位置する。遺跡の主要部は山頂の付近の緩傾斜で、かつ幅もひろい南北方向に走る尾根上の約60メートルほどの部分で、ここにはもっとも大形の竪穴住居跡が四基ならんで存在し、その西側の緩やかな斜面になっている部分にも小形の竪穴住居跡が見られる。また山頂付近から北東に下るやや傾斜の強い狭い尾根上にも小形の竪穴住居跡が階段状に分布している。また主要部の北にもやや規模の大きい竪穴住居跡が存在するほかに、この地点から100メートルほど北西の、東に派生している幅の狭い小さな尾根上にも小形の竪穴住居跡が階段状に存在する。 今年は大型の竪穴住居跡としてはもっとも南に位置する5号竪穴住居跡とその西に位置する小形の住居跡の6号竪穴住居跡、北東方向にのびる稜線上の、上から2段めと3段目に位置する10号竪穴住居跡、11号竪穴住居跡、12号竪穴住居跡の3基を調査した。西側斜面では6号住居跡の下方に存在する13号竪穴住居跡をを発掘し、また5号住居跡のすぐ南に存在する小形の竪穴住居跡(7号竪穴住居跡)の直下の部分で斜面を削り落として人工的な崖をつくり、その裾の部分は堀になっていることを確認した。 なおこれまでの調査で遺跡全体に薄く十和田湖起源の火山灰(十和田A、915年の噴火による)が堆積していること、竪穴住居跡や堀などはこの火山灰を切って掘りこまれていることが確認されており、出土した土器の年代からこれまでに調査した竪穴住居跡の年代が10世紀後半ころであるとする見方を補強している。 以上のような集落の立地、構造などから考えて、子飼沢山遺跡は敵の攻撃にそなえた、防御性の高い集落であると考えられる。
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