1996 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
08650745
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
伊藤 毅 東京大学, 工学系研究科, 助教授 (20168355)
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Keywords | 中世都市 / 空間 / 境内 / 町 / 京都 / 大阪 / 奈良 / 鎌倉 |
Research Abstract |
本研究は、日本の中世都市の空間的組成を「境内」系空間と「町」系空間の諸関係から理解しようとする試みであって、その事例収集と仮説検証が研究の基本的な目的である。研究計画にもとづき、京都・大阪・奈良・鎌倉について関連資料を収集し、以下のような成果を得た。(1)京都天龍寺を中心とする嵯峨一帯の中世段階の都市形成は、大きく見て天龍寺・臨川寺を2大都市核とする層状の「境内」領域の形成と、塔頭群および他の寺院による分散的小「境内」領域形成の2系統からなり、境内領域の表層部分に「町」系の線状都市が貫入するものであった。(2)中世大坂の都市的な場としては、上町台地上の石山本願寺寺内町および四天王寺門前町の2箇所があげられるが、前者は石山本願寺を中核とする典型的な「境内」系空間、後者も四天王寺を中核としその周囲に子院・門前町が展開する一大境内領域を形成していた。町空間は境内に包摂されていたと考えられる。(3)奈良の中世都市的様相を伝える興福寺領小五月郷の空間的実態は、形式的には興福寺境内に含まれながらも、街路や辻子を軸とした線状の都市形成を行っており、明らかに「町」系の都市空間が卓越していた。これには自治的な都市民である奈良郷民の存在を見逃すことはできない。(4)中世都市鎌倉はまず鶴岡八幡宮の存在が重要であるが、この境内は都市北部に限定されており、むしろ都市全体を空間的に組織する要素としては若宮大路・小町小路、辻子などの街路系が大きな役割を果している。その詳細については資料的制約があって、現在のところ明らかにしえない。考古学的知見がまたれる。 以上のような成果によって、日本都市史における中世を「境内」と「町」でとらえるという本研究の仮説の有効性が確かめられたが、今後さらに事例を収集し、理論的展開を追求する必要がある。
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