2008 Fiscal Year Annual Research Report
ベケット文学による「自伝的エクリチュール」の系譜学:「幼児期」の形象と言語の起源
Project/Area Number |
08J08808
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
木内 久美子 The University of Tokyo, 大学院・総合文化研究科, 特別研究員(PD)
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Keywords | サミュエル・ベケット / アウグスティヌス / シャン=ジャック・ルソー / マルセル・プルースト / ジェイムズ・ジョイス / 自伝文学 / 幼児期 / エクリチュール |
Research Abstract |
本研究はベケット文学を出発点として、ヨーロッパ文学の自伝的著作における諸形象(語り手、「書くこと」、「幼児期」)を再解釈し、「自伝的エクリチュール」の系譜と呼ぶべき問題圏を創出することを企図している。本年度はその研究の一年目にあたる。 今年度は(1)研究の基盤となる三つの概念(「自伝的エクリチュール」・「幼児期」・「言語の起源」)をベケット作品から剔出し、これと(2)比較対象となる四人の著作家(アウグスティヌス、ルソー、プルースト、ジョイス)との関係を作品読解と資料踏査から文献学的に裏付ける作業に着手した。 年度の初め(四月〜六月)には、ベケットの初期の小説作品を読解し、言語が自らを問う反省的な言語様態としての「自伝エクリチュール」の構造を剔出した。これにより「幼児期」や「子供」の形象がこの反省的形式の「到達不可能な」到達点として立ち現れてきた。同様の構造がルソーの自伝的著作にも見定められた。この点でベケットとルソーとの比較読解の作業のさしあたりの成果を、五月にロンドン大学で開催されたベケット学会で口頭発表した。ついで六月にはベケット作品で最も自伝的な作品といわれる『伴侶』の読解に進み、記述不可能な「言語の起源」としての「幼児期」の不在が、「声」と「聴き手」とから二重に構造化されていることを明らかにした。十月にフランス・リヨンで行われた学会では、その研究成果の一部が発表された。 七月以降は、ベケット文学から遡行的に見出される「自伝的エクリチュール」の系譜を文献学的に裏付ける作業に進んだ。一方ではベケットの最初期に書かれた文学作品や評論を網羅的に読解し、他方ではアイルランド・トリニティカレッジのアーカイヴに赴くなどして、ベケットが遺した未出版のノートや書簡を踏査・収集した。この作業の眼目はベケットと四著作家との関わりを文献学的に立証することにあり、これは次年度に継続される課題となった。
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