1997 Fiscal Year Annual Research Report
世紀転換期のアメリカ文化諸相における優生学パラダイムの浸透に関する研究
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09710332
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
庄司 宏子 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 助手 (50272472)
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Keywords | アメリカ文化研究 / 優生学 / フェミニズム研究 |
Research Abstract |
当該研究は世紀末アメリカ文化の諸相への優生学の言説の浸透を見るとともに、優生学が当時のジェンダー観にどのような影響を及ぼしたのかを文化研究として明らかにすることを目的としており、以下の知見が得られた。 1.歴史・背景・浸透 当時は「退化」と「再生」、即ち文明の荒廃と救済という二つの拮抗するベクトルに添って都市問題から帝国主義に至るまでさまざまな社会問題が考えらえた。「新しい女性」という旧来の「家庭の天使」像からはみ出した女性たちに関する問題もこの枠組みの中で考えられた。当時のフェミニストたちは「再生」を志向する優生学の言説を介して女性の権利運動を公的な場へと広げる回路を見出そうとした。 2.文節・包摂・対抗 優生学を取り込んだ女性たちの社会的なメッセージは、現実的には参政権運動、産児制限運動、社会浄化運動を通じて広まり、優生学的な理想を表象する女性の身体イメージはフェミニストたちによる評論や小説の形で、またこれを反映した石鹸等の広告のイコンの形で浸透した。優生学は女性を一義的に「母性」と結びつけ、異性愛を正常と見なし、これに反するあらゆる性愛の倒錯と見なす抑圧的ものであった。優生学及び新しい性のテクノロジーとしての性科学は女らしさの規範と同時に男らしさの規範をも同定した。これによって当時のフェミニストたちは、「新しい女性」として(当時顕在化していた男性同性愛者と同様)文明の退化を促進する者であると同時に「人権の母」として文明の再生を計る者という、相反するレッテルを背負うことになった。 3.評価 優性学は女性の身体を男性の医学的知により管理する19世紀来の婦人医学からの系譜に連なるものであり、政治的、経済的、精神的自立を目指すフェミニストたちがこの言説に取り入れることはそのイデオロギー的陥穽を抱え込むことであった。また優生学などの性科学は従来の女性たちの「熱烈な友情」という連帯も「レズビアン」と意味づけし抑圧した。こうして女性運動の黎明期にその中心的なメッセージをなしていた優生学と女性問題の関わりは、その対立軸を明確化させることなく、女性参政権等の目標が達成させると終結することになる。 4.今後の問題点 「優秀な遺伝子」を謳った前世紀の優生学のイデオロギーは現代では「生命の質」という言葉に置き換えられ、より専門化され見えにくい形で生き続けている。「生命の質」をめぐる主体、方法、目的の問題はフェミニスト的視点による修正が待たれる。また文化研究としては、前世紀のフェミニストが提唱した女性の優生学的身体観が20世紀末のフェミニストによるサイボ-グとしての身体観とどのように関わっているかの検討が必要である。
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