Research Abstract |
本研究は,シロアリにおける兵隊分化抑制機構の至近的メカニズムを解明することを目指し,主な材料としてヤマトシロアリReticulitermes speratusを用いて,(1)兵隊へ分化する過程の職蟻に与える,既存兵隊による影響の解析,及び(2)兵隊から職蟻へ伝達される候補プライマーフェロモン(Soldier Inhibiting Factor,SIF)の探索と同定を主な目的としている。 本年度は,職蟻から前兵隊への分化過程において,兵隊が与える形態的・遺伝的・生理的変化に関する解析を行った。兵隊存在下でヤマトシロアリの職蟻に幼若ホルモン(JH)を与え,前兵隊分化を誘導すると,特に低濃度のJH IIIで誘導した時,額腺の形成が不完全な前兵隊が分化し,更に形成の程度がJH感受性器官である大顎の変形の程度と関連することがわかった。そこでJH処理後,経時的(0,5,10,15日後)に職蟻のJH量を測定したところ,5日後までに兵隊の存在によって職蟻のJH量が大幅に減少していることが明らかになった。実際に,兵隊との同居期間を操作して前兵隊分化を誘導すると,ごく短期の同居の効果だけでも誘導効率や形態形成に影響を及ぼすことが確認された。また,JH関連遺伝子の発現解析を行った結果,特に兵隊によってJH量が激しく変動する5日後にかけて,JH結合タンパクやJHの合成系に関わる酵素の遺伝子発現量が変動する可能性が示された。 これらの結果は,前兵隊分化の誘導過程で,兵隊の影響により職蟻のJH量が即時に変動し,強力に形態形成や分化率に影響を及ぼすという直接的な証拠を提示した初の報告である。職蟻及びニンフに対するJH投与実験の先行結果も踏まえ,兵隊によるコロニー内の兵隊率の調節という,シロアリ学における一つのパラダイムの至近的メカニズムに迫る足がかりとなることが期待される。
|