Research Abstract |
平成10年度から12年度にかけて遂行された今研究では,まず,タバコ煙中のニコチンが直接肺上皮細胞に作用し,種々の遺伝子の発現を直接制御することにより,発癌やその他の呼吸器疾患の発症や病態修飾に関わる可能性を明らかにした.最初に,gastrin releasing peptide(GRP)の前駆体proGRPと,GRP受容体(GRPR)をコードする遺伝子の肺上皮細胞における発現とその制御機構について研究を進めた.小細胞肺癌(SCLC)細胞株(SBC5,H128)ないし非小細胞肺癌(NSCLC)細胞株(H441,HS-24,A549)を用いて,proGRPおよびGRPR遺伝子の発現制御をmRNAレベルで半定量的RT-PCR法を用いて検討し,SCLC株H128細胞において,ニコチン曝露によりproGRP,GRPR両遺伝子の発現の増強を観察した.さらにNSCLC株HS-24およびA549細胞においてもGRPR遺伝子の発現がニコチン刺激により濃度依存的に増強することを見いだした.また,ルシフェラーゼをreporter遺伝子としたpromoter機能解析でも同様に,ニコチンが両遺伝子の転写活性性を亢進させることを明らかにした.これらの観察結果からニコチンが発癌促進因子としての作用を有し,細胞の分化,増殖にもGRP-GRPR系を介して能動的に関与していることが推測された.さらに,肺上皮細胞におけるニコチン性アセチルコリン受容体(nAchR)のうち,subtype-α5,-α7の発現が,細胞種による差はあるものの,ニコチンの濃度依存的に発現増強されることも確認した.次いで,実際の小細胞性肺癌患者より十分な説明と同意取得後に得られた腫瘍組織内のproGRPおよびGRPR遺伝子の発現を,mRNA,蛋白レベルで検討し,血中のproGRP値が高値を示す患者全例で,腫瘍組織内のproGRP mRNA,蛋白の発現を明らかにし,かつproGRP mRNAのalternative splicing様式の保存性を証明した.また,GRPR遺伝子mRNAの発現はproGRP陽性腫瘍のみで確認され,proGRPとGRPR両遺伝子の間の相関作用の可能性が示唆された.最期に,SCLCに対する細胞特異的遺伝子治療法の基礎的研究を遂行した.proGRP遺伝子promoterによるCre遺伝子発現アデノウィルス(Ad)ベクターを構築の上,loxP配列を有するstuffer領域を含むapoptosis誘導遺伝子Bax-α発現Adベクターとの二重感染により,SCLC細胞特異的にcaspase-3の活性化を介したapoptosisの誘導と腫瘍の退縮が得られることをin vitro,in vivoで証明した.今後さらにGRP-GRPR系の実際の肺癌遺伝子治療への応用の可能性を検討するとともに,発癌以外の呼吸器細胞への分子レベルでの関与を検討する予定である.
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