Research Abstract |
分子動力学シミュレーションは,生体分子の構造や機能の解明あるいは分子設計などにおいて,重要な方法のひとつとなっている.この手法の最大の難点は,その計算量にある.計算時間を短縮するために,各種の高速アルゴリズムが報告されているが,完全に実用化されているとは言い難い.本研究では,まず,最も有望な高速アルゴリズムである高速多重極法(FMM)の定式化を見直すことにより,計算時間をより短縮すると同時にメモリ要求量を大幅に削減した.また,本研究では,FMMにおいて周期境界条件を取り扱うための信頼性の高い二種の方法(Ewald総和の技法あるいは巨視的階層セル構造を利用するもの)を考案した.生体分子系では,周期境界条件下のシミュレーションが不可欠であるが,従来,周期境界条件におけるFMMの信頼性は疑問視されており,このことが,FMMの普及を阻害していた.本研究のFMMに関する成果を利用することにより,生体分子系に対する信頼性の高いシミュレーションを行うことが可能となった. また,昨年度は専用計算機とFMMを併用することの可能性と有用性を予測したが,本年度は,実際に,そのような併用システムを構築した.FMMなどの高速アルゴリズムは,いずれも一種の近似法であるため,その計算精度に問題があるが,本研究では,専用計算機とFMMを併用したシステムを開発することにより,高い計算精度を保ったまま,通常のワークステーションの数百倍の高速化が可能となった. 結果として,本研究の目的である分子動力学計算のための高精度かつ高速な計算システムを開発することができた.これらの成果を利用することにより,生物物理学において,分子動力学計算は今以上に強力なツールとなるであろう.なお,さらなる高速化と精度の保証のため,FMMの並列アルゴリズムと空間分割法に関する研究を継続中である.
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